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彼は思考を停止させ、プルタブを開きコーヒーを口に含む。
「…………」
微糖のはずだが物凄く甘みを感じた。もしかしたら『幸せ』はこういう味をしてるのか、と無理矢理に納得させた。
当たり前だ。考えたところで答えは導き出せない。何故に缶コーヒーを貰ったのか。そして感謝を伝えられたのか。
ただ、それで良いと彼は思ってしまう。早くシャワーを浴びたいから。明日は自分を虐める馬鹿共をぶん殴ってやりたいから。
ー2ー
丘上 美羽は優等生だ。
小さな頃から頭も良く運動神経も飛び抜けて優秀であり、敬う人も多かった。両親も自慢の娘だと褒め、それに恥じぬほど成長と共に向上していった。
だからこそ高校三年生の冬になっても言い出せなかった。進学はしない、と。
将来は優等生も何も関係ない。好きなこと一つに集中していきたい、と。しかし未だに好きなものなど丘上に存在しない。今まで何かにのめり込む経験は皆無だ。こんな曖昧な状態ではとても言い出せない。気でも狂ったかと思うかもしれない。
だからこそ親は進学する予定だと勘違いし、着々と準備を進めている。その行為は嬉しかった反面、余計に心を削られる。悟られないように嘘の笑顔を作って騙した。
そんな日々が続きストレスでぐちゃぐちゃになりそうな感情を抑えようと気分転換に散歩へやってきた丘上は、家の近くにある公園で不思議な光景を目にし足を止める。泥だらけの制服を着た男の子がブランコの上で必死に叫ぶ。
『どうしようもない駄目なやつだ!間違ってると分かってながらヘラヘラしやがって。気持ち悪い笑顔を作るなら本音で語れ!』
鼓動が大きく音を立てる。
同時に人生で初めて好きなことができた瞬間であった。
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