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それから二日後に、老人は亡くなった。安らかな死に顔だった。
「……ねこさん」
誰もいなくなったリビングに、ねこは初めて立ち入った。乾いた冷たい空気が、辺りに広がっている。
「……あれだけ欲しがっていた『ありがとう』だったのに、もう要らなくなりました」
「どうしてですか?」
「……旦那様に、頂いたからです」
ねこは首を傾げた。「旦那様は、あなたに『ありがとう』とは言っていません」
スーツの男性は、ゆっくりと頷いて言った。
「奥様に似てきた……家族として認めて頂きましたから。これほど嬉しい事はなかったんです」
スーツの男性は自室に戻ると、椅子に手をかけた。
背もたれの方をひっくり返すと、そこから伸びていたプラグを、コンセントから取り外す。
「え、良いんですか?」
思わず声をかけると、彼はまた優しく微笑んで言う。
「良いんです。旦那様亡き今、私の務めはもう終わったのです」
スーツの男性は椅子に腰かけると、ねこを見て言った。
「私の首の後ろに、電源ボタンがあります。これを押すと、私の全ての動作が停止します。二度と再起動する事はありません」
彼の笑顔は、本当にいつも通りだった。
「私はシステム上、自分で押す事は出来ません。ねこさん――押してくださいませんか?」
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