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それからのねこの生活は、本当に何もする事がなかった。スーツの男性に会えるのは夜だけ。
彼は、とある老人に仕える執事の仕事をしているらしかった。いってきますと言って部屋を出て数十時間、帰ってくると、部屋の中にぽつんとある椅子に腰かけて、ねこに話しかける。
「今日は旦那様の好きなスープを作ったんです。でも、塩分の取りすぎは身体に障りますので、少し味は薄くてあまりお気には召さなかったようですが」
「今日は旦那様の書斎の掃除をしました。思い出の本がたくさん並んでいるので、旦那様のお気に入りの場所なんです。旦那様がお昼寝をされている間に、手早く済ませました」
その時ねこは、スーツの男性に向かって言うのだ。
「そうでしたか、それはありがとうございました。旦那様も好物を口にされて、少なからず嬉しかった筈です。味は仕方がありません。旦那様のお身体の事を考えてらっしゃるのですから」
「書斎の掃除をしたのですね。ありがとうございました。お気に入りの場所なら尚更、埃っぽければ身体に障りますからね。旦那様を気遣った丁寧で手早いお仕事、ありがとうございました」
どうやらスーツの男性は、老人から感謝の言葉を述べられたことがないらしかった。自分の仕事をその場で見ていないねこに感謝されているのに、その度に、さぞかし嬉しそうな表情を浮かべていた。
そうして椅子に座ったまま、静かに眠りにつくのが、彼の日課だった。
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