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ある日の事。その夜はスーツの男性が、いつものように時間通りには帰ってこない、珍しい日だった。
ねこは、自分が仕事をする時間以外は自身の電源を切っていた。スーツの男性が戻ってくる時間は決まっていたので、その時間になると自動的に電源が付くように設定していたのだ。
電源が付き、目を開いた時に広がった彼の姿がないその景色は、いつも以上に殺風景に見えた。
「旦那様! 急に動かれてはお身体に――!」
その時、スーツの男性の切羽詰まった声がした。そして次の瞬間開かれた扉の向こうには、ねこには見覚えのない人物が立っていた。
「……こいつは何だ?」
ずかずかと部屋には入り込んできた老人は、ねこを見上げて言った。
後ろから慌てて入ってきたスーツの男性は、ねこの傍に立って、ばつが悪そうに言う。
「これは……あ、新しいロボットです」
「ねこはロボットではありません。『ありがとうねこ』です」
すぐさまねこが反論する。これは、購入されたその時から訂正している事だった。しかしこの時ばかりは、スーツの男性は反応する余裕もない。
「新しいロボット?」老人が眉間に皺を寄せた。「私はそんなものを頼んだ覚えはないぞ」
スーツの男性は言葉に困って、その口を開こうとはしなかった。
すると老人は、くすくすと嫌味っぽく含み笑いをした。
「成程……するとお前は、私に隠し事をしていたという事か」
「……申し訳ございません。しかし、旦那様の迷惑にならないように」
「私に嘘も隠し事もしないと、そういう契約のもとでお前を雇った筈だが?」
「……申し訳ございません」
スーツの男性の大きな背中が、段々と萎んでいく。
「これだから……私はこんな執事など信用出来ないと言ったんだ。あいつめ、余計なものを残していきおって……」
老人はぶつぶつ言いながら、部屋を後にしていく。スーツの男性はただ、下げた頭も上げずに、扉が閉まってからもその場でじっとしていた。
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