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スーツの男性を雇ったのは、亡くなった妻である。彼女が亡くなる前に、退職して家にいるようになった老人を気遣ったのだ。
「この人がいれば、コミュニケーションが取れて健康的になるわよ」
「何が、『この人』だ。そんな素性も分からん奴を置いておけるか」
それでも妻は、スーツの男性と共に家事を行い、一日も早くこの家に馴染んでくれるようにと、彼に優しく接していた。
それから程なくして、妻は亡くなり、老人と二人きりの生活が始まった。スーツの男性は、狼狽していた老人とは打って変わって、普段通りに彼に接するようにしていた。
「お前は分からなかったのかもしれないがな、ああいう時は、一緒に悲しんでほしかった。普段通りにされると、かえって息が詰まる」
「……すみません。勉強不足で」スーツの男性の小さな声は、果たして老人に届いただろうか。
「……分かっていたよ」
ふと、老人が言った。
「……分かっていた。それがお前なりの気遣いだという事くらい」
スーツの男性が、亡くなった妻の代わりになろうとしてくれた事、空いてしまった穴を何とか塞ごうと試行錯誤していた事、全て、老人は気が付いていたのだ。
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