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それから、マツリカとの生活は始まった。初めの頃、イーリャは彼女の監視から逃れられる仕事の間に、通報しようと企んでいた。今のうちなら、まだイーリャには温情な措置が取られるかもしれない。でも、そうしなかったのは、どこかマツリカという「変化」を快く思ってしまっていたからだろう。ずっと単調な日々を繰り返してきた。そんな生活に入り込んできた、マツリカという異物は、刺激的だった。気が付けば、取り返しのつかない時間が経過していた。もう、イーリャに助かる術はない。
おそらく、とイーリャは考察する。マツリカはこれまで、イーリャにしたように誰かを脅しては、宿主として、自身を匿わせた。そして、宿主によって、自身の存在が明らかにされてしまう前に、宿主を殺し、次の宿主を探す。そうして点々と、生きてきたのだろう。
散々、消耗品扱いしてきた旧人類に、今度はこちらが消耗されるのだ。皮肉だな、とイーリャは思った。でも、イーリャは殺されても、別に良い気がしていた。不毛な日々を永久に続けるより、終わらせるのも良いのかもしれない。最後くらい変化を楽しんだ後で。
「ただいま、マツリカ。うわぁ、派手に散らかしましたね」
イーリャがマツリカに抱いていた最大の疑問は、共に暮らすうちに明らかになった。
やはり、マツリカはたまたま逃げ出したのではなく、逃した人物が居るようだ。彼女は、その人物を「父さん」と呼び、異様に慕っていた。「父さん」によって、言葉や、生きる為の術を教育されたらしい。
「父さんのことソンケイしている。世界一大好き」
以前見たあの物騒な道具も、「父さん」に与えられたもののようだ。
「だれかに見つかれば、これで殺していいと、父さんは言った」
「過激な御仁ですねぇ」
「それくらいわたしのこと、好き」
「なんだかなぁ」
イーリャには、この「父さん」のことが、どうしても許せなかった。あまりにも身勝手だ。不遇な幼体を哀れに思ったのかもしれないが、それにしても、一体だけ逃したところで、何になるというのだろう。その子は、マツリカは居場所なき世界にただ一人投げ出されて、どうすれば良いというのだろう。存在がバレれば、抹消される。マツリカの存在は、この世界にとっては脅威なのだ。そんな世界で生き延びたとて、幸せになんかなれるはずもないのに。
「私はあなたのお父さんのこと、どうも苦手です」
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