2人が本棚に入れています
本棚に追加
それで、つい、口に出してしまうのだ。
「だまれ!父さんを悪く言うことは許さない」
しかし、「父さん」のことを否定的に言うと、マツリカは激昂する。イーリャには、そんな彼女のことが哀れに感じられた。この世界では、隠し事を続けることは何より難しい。秘密はいずれ暴かれるものだ。だから、きっと「父さん」はもう処分され、存命ではないのだろうとイーリャは思った。本当に、無責任極まりない。
「ねむれない」
ある夜マツリカはそう言って、イーリャの元に来た。
「眠り方をご存知ないぃ?そんな初歩的なことを?はぁぁ〜!?」
「うるさいな」
「いいですかぁ?『何時より就寝開始。何時にアラームセット』と声に出せば、それが聴覚より伝達され、脳内で自然にそう設定が」
「わたしの頭はそんな風にできてない」
「えっ、じゃあ、知りませんよ」
「本読んで」
本を手渡され、渋々それを読み始めた。古い物語で、恋愛を描いたものだった。
「──そして二人は、永遠に幸せに過ごしました」
イーリャもこの本が好きだが、内容の大部分は理解できない。
「私には、愛というものが分かりません。私たちの殆どには家族もなければ、子どもを産み育てることなどあり得ませんから。……マツリカなら、分かりますか」
問いかけるも、返答はない。
「寝てる……」
マツリカのことは、本当に分からない。そんなマツリカとの日々は、不思議と楽しいものだった。
「ふんふふ〜ん」
「だまれ、料理中は。指を落とすぞ」
「あっ」
「いわんこっちゃない」
変わらなかったはずの自分が、変化していく。
「パピリ菜なんてよく食べれますね」
「好き嫌いはダメって、父さんは」
「知りませんよ。数千年来の食わず嫌い、舐めないでください」
「食べてみろ、イーリャ。お前の消化器部品がかわいそう」
「えぇ〜……あ、美味しい」
「ほらぁ」
でも、こんな日々は、もう長くは続かない。その時が、刻々と迫っているのだ。マツリカは何時イーリャを殺すのだろう。彼女はどうして、こんな世界で、生きようと足掻くのだろう。
「父さんが言ってた。わたしは、世界を壊しかねないおそろしい存在なんだって」
遠くを見つめながら、マツリカは言う。
「父さんは、わたしに世界を壊して欲しかったのかな。ねぇ、イーリャはどう思う」
今度は、イーリャの目をじっと見据えた。
「イーリャは、幸せ?」
最初のコメントを投稿しよう!