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仕事場に行くと、同僚のシシトの姿が見えなかった。
「あれ、シシトは?」
「消えた。自損したんだろ。もう来ないよ」
古顔のメノゥが投げやりな口調で答えた。
「えっ」
「珍しいことじゃない。修復士は身体の構造を知ってるから、魔がさすと、自分の脳を壊すんだ。灯台だって、常に俺らの脳内を見てるわけじゃないからな。完全には防げないさ。だから修復士を務めるのは、ごく少数の人間だけ、故に激務。まぁ、シシトの抜けた穴は、すぐにまた誰かが修復士に仕立てられ、なんとかなるだろ」
「そんな……」
「この時期は多いんだ。かく言う俺も、年末鬱ってやつだよ。生きることがひどく不毛に感じる。はぁ、能天気なお前が羨ましい」
「……」
「まぁ、年が開ければ、前向きになれるだろ」
メノゥの嘆きが、イーリャには痛切に感じられた。それは、かつての自分のものでもあったような気もする。でも、今は、違う。今は、漠然と、生きたいように思う。きっと、マツリカが居るからだ。
今一度、マツリカと話そう、命乞いをしよう。向かい合わければならない。マツリカと、自身と、この世界に。
「ただいま」
「おかえり」
「明日から、私は暫く休みです。もう年末ですね」
「そだね」
「きっとご存知でしょうが、念のため。年に一度、年を越す時、私たちは一斉に眠りに落ち、灯台と一つになります。これが、私たちが最も祝すべき『サイ』の時です。この間、灯台によって、私たちの脳機能は更新され、最新の有益な情報が与えられる。そして──同時に、私たちの脳の情報は、全て灯台によって点検されます」
この世界では、ずっと昔に、七度の大戦が起こった。ひどい惨状だったらしい。自らが宿す秘密、悪意、それによって、人類は窮地に立たされたのだ。だから、人類の僅かな生き残りたちは、愚かさを省み、悲劇を繰り返さないよう、自身らの脳と世界の構造を作り変えた。もう誰も、恐ろしい秘密を宿さないように。
既存の宗教を全て打ち捨て、代わりに人々は、調和を何よりも尊び、象徴である灯台を信仰対象とした。
「サイの時、脳内に有害な思想や情報を有していた場合、軽微なものであれば部分的に修正され──重大なものであれば、その者は、そのまま二度と目覚めることはありません」
イーリャは苦笑する。
「私は、間違いなく後者ですね」
マツリカはじっと黙っていた。
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