秘密の子

7/9
前へ
/9ページ
次へ
 仕事場に行くと、同僚のシシトの姿が見えなかった。 「あれ、シシトは?」 「消えた。自損したんだろ。もう来ないよ」  古顔のメノゥが投げやりな口調で答えた。 「えっ」 「珍しいことじゃない。修復士は身体の構造を知ってるから、魔がさすと、自分の脳を壊すんだ。灯台だって、常に俺らの脳内を見てるわけじゃないからな。完全には防げないさ。だから修復士を務めるのは、ごく少数の人間だけ、故に激務。まぁ、シシトの抜けた穴は、すぐにまた誰かが修復士に仕立てられ、なんとかなるだろ」 「そんな……」 「この時期は多いんだ。かく言う俺も、年末鬱ってやつだよ。生きることがひどく不毛に感じる。はぁ、能天気なお前が羨ましい」 「……」 「まぁ、年が開ければ、前向きになれるだろ」  メノゥの嘆きが、イーリャには痛切に感じられた。それは、かつての自分のものでもあったような気もする。でも、今は、違う。今は、漠然と、生きたいように思う。きっと、マツリカが居るからだ。  今一度、マツリカと話そう、命乞いをしよう。向かい合わければならない。マツリカと、自身と、この世界に。 「ただいま」 「おかえり」 「明日から、私は暫く休みです。もう年末ですね」 「そだね」 「きっとご存知でしょうが、念のため。年に一度、年を越す時、私たちは一斉に眠りに落ち、灯台と一つになります。これが、私たちが最も祝すべき『サイ』の時です。この間、灯台によって、私たちの脳機能は更新され、最新の有益な情報が与えられる。そして──同時に、私たちの脳の情報は、全て灯台によって点検されます」  この世界では、ずっと昔に、七度の大戦が起こった。ひどい惨状だったらしい。自らが宿す秘密、悪意、それによって、人類は窮地に立たされたのだ。だから、人類の僅かな生き残りたちは、愚かさを省み、悲劇を繰り返さないよう、自身らの脳と世界の構造を作り変えた。もう誰も、恐ろしい秘密を宿さないように。  既存の宗教を全て打ち捨て、代わりに人々は、調和を何よりも尊び、象徴である灯台を信仰対象とした。 「サイの時、脳内に有害な思想や情報を有していた場合、軽微なものであれば部分的に修正され──重大なものであれば、その者は、そのまま二度と目覚めることはありません」  イーリャは苦笑する。 「私は、間違いなく後者ですね」  マツリカはじっと黙っていた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加