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「その前に私を殺せば、あなたは生きられる。いざとなれば、そうして欲しい。でも、最後の日までは待って欲しい。私なりに、あなたと共に生きる方法を探してみます。あなたのことが好きなので」
マツリカは、無言のままに頷いた。
それから数日たち、デスクで頭を抱えるイーリャの元にマツリカがやって来た。
「いい方法は見つかった?」
イーリャは彼女の方を見て、力なく笑う。
「全く。通信機能に手を加えると、脳の中枢が砕けるようで。上手い仕組みになっていますね」
「そう、残念」
「通信機能を弄れない以上、私が生き延びるには、一つの方法しかありません。──きっと、私は愚かにも、もう何度も、この結論に至り続けてきたのでしょう」
「やっぱり、バレちゃうか」
「私は、この方法を実行することを決心できずにいます。だって、あまりにも辛い、あなただって、辛い。酷い、忘れたく……ないよ」
悲嘆にくれるイーリャの手をマツリカが握りしめ、微笑んだ。
「生きて、イーリャ、お願い。あなたのことが、好きだから」
逡巡の後、イーリャは頷いた。項垂れるように、深く。
「必要な機材を作らねばなりませんね」
平静を装うイーリャに、マツリカは何かを手渡す。
「装置ならもうある。手順も教えられてる」
「それも"父さん"が?……矢張り私は嫌いです。あなたに辛い思いばかりさせて、自分は何もできない、そんな無力な父さんが嫌いだ」
「わたしが大好きな父さんのこと、いつかあなたにも好きになってほしい」
「……父さんとの出会い方について、少し尋ねても?」
「わたしの水ソウをわったの。不注意で」
「ドジな父さんですね」
「それは否定できない」
サイの前に、イーリャは寝床につく。自身の脳の一部を装置に繋いで。そして、すぐ側には、マツリカが居た。
「就寝時間を設定しました。間もなく私は眠ります。一時間ほどで、あなたに関する記憶が全て削除されます。サイの開始には充分に間に合うでしょう」
あとはマツリカが上手くやってくれるはずだ。
「あのね、イーリャ」
「なんですか」
「ありがとう。わたしを生かしてくれて。生きててくれて、ありがとう」
「私も」と言おうとして、意識は強引に遠くへ追いやられる。やがて誰に向けての言葉であったのかも忘れ、イーリャは深い眠りに落ちた。
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