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アラームが作動し、意識は強引に呼び覚まされる。まだまだ眠っていたいのに。
「はぁ、働きたくないな」
でも働かねば。サイの日は終わってしまったのだ。過ぎた時間は取り返せない。ひどい喪失感に苛まれていた。
これから、また単調な日々が続くことを悟ってしまうからだろうか。でも、まぁ、働かないと生きてはいけないし。
「さて、と。生きねば」
イーリャはようやく観念して、寝床を出た。支度を済ませ、家を出る。
虚しい気分を紛らわすように、イーリャは歌を歌う。即興で作る、出鱈目な歌だ。
「働きたくないけど〜」
歌いながら、会社への歩みを進める。
「働きたくないけど〜、働きます、だけどやっぱり……あっ」
道中、"灯台"の横を通り過ぎようとして、足を止めた。その"灯台"にはサイの日用の華やかな装飾が、まだ消えずに残っていた。
「はぁー、いつ見ても大きいな」
"灯台"と呼ばれるそれは、重厚な石材で造られた円柱状の巨大な建造物だ。各地域ごとに建てられ、それぞれ名前が付けられている。
──この灯台は、確かアグニ?それとも、アマテラスだったっけ。
この灯台たちが投じるのは、光ではなく強力な電波だ。灯台の内部には、超性能演算装置が備えられている。そして、灯台が放つ電波によって、交通も、電力も、人々が生活するために必要な何もかもが、制御され、適切に機能している。だから、いつも人々は、灯台に特別の敬意を払っている。灯台のおかげで、世界は動いているのだ。
灯台は、休まず働き続けて偉いなぁ、と、イーリャは思った。
つい見惚れていて、何の歌を歌っていたか忘れてしまった。まぁ、何だっていいのだ。
「コツコツ山にはキツネの子〜」
うろ覚えの歌を口ずさむ。ずっと昔にイーリャが覚えた歌だ。確か、ドウヨウと呼ばれる類の歌だった。子どものための歌──イーリャは時々考える──子どもの居ないこの世界で、このような歌は一体誰のための歌なのだろう。
「コンコンお山を下りてきてぇ〜〜と、うわぁ!!」
会社の出入り口まで、あと少しのところで、階段を踏み外し、勢いよく階下まで転がり落ちてしまった。何とか体勢を立て直し、外傷を確認する。
──最悪だ。左腕が完全に取れてしまった。早く治さないと。
「はぁ、また皆に馬鹿にされる」
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