『ありがとう』をかぞえて

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「いそがしいのに来てくれたのね、臣人(おみと)君ありがとう」  俺が笑夢(エム)の部屋の玄関に入ると、俺の最愛の彼女笑夢が満面の笑みで迎えてくれた。 「うん。会いたかったから出張帰りに真っ直ぐ来てしまったよ」 「アハハ!ありがとう」 「はい、お土産のスイーツ」 「わぁ!嬉しい!ありがとう!楽しみ~一緒に食べるでしょ?」 「うん」  俺が洗面所でうがいと手洗いを済ませてリビングに顔を出すと 「ありがとう!エクレア、プリン、シュークリーム、マカロン、フルーツパイ、全部大好き!ねぇ、どれ食べる予定?」  と、笑夢が聞いてきた。 「笑夢が一番食べないものを俺が食べようと思ってるよ。だから好きなの食べて」 「そう思いながら買ってきてくれたんだね、ありがとう」  そのありがとうを聞いて、俺は笑夢にキスをした。  笑夢の顔は照れて赤くなっている。 「マカロンとシュークリームあげる」  照れ隠しで無邪気に振る舞う笑夢が可愛いくて俺はにやけてしまう。 「俺はマカロン一個で良いよ。あとは笑夢が食べな」 「ありがとう!」 「私はフルーツパイにしよっと!」 「コーヒー淹れようっか」 「うん、ありがとう。お願いします。私が淹れるよりも美味しいもんね」  隣でニコニコしながらコーヒーを淹れる俺を見ている笑夢が愛しくてしょうがない。 「いい匂いだね~」 「さて、これで良いかな。熱いから俺が運ぶよ」 「ありがとう」  ふたりでスイーツを食べ始める。 「とっても美味しい。美味しいのを選んでくれてありがとう」  笑夢は満面の笑みでそう言った。 「どういたしまして。美味しくて良かった」 「選ぶの大変だったでしょう~?」 「いや。笑夢の笑顔を思い出しながら選んだからとっても楽しかった」 「嬉しい!私って幸せ!彼氏でいてくれてありがとう」  この『ありがとう』のことばを聞いて俺は笑夢にキスをした。  本日2度目のキス。  さっきよりも少し長いキス。 「こちらこそ、ありがとう。笑夢が彼女で良かった。とっても楽しいし、生活に張りが出て仕事も順調!」 「そう言ってくれてありがとう。嬉しい!」 「大切な存在なんだから、ずっとそばにいてくれなきゃ困るよ」 「うん!わかった!ありがとう」 「そうだ!今日は笑夢が好きなものを、もうひとつもって来たんだ!」 「え?何?」  俺は玄関におきっぱなしにしてあった笑夢が好きなワインのミニボトルを取りに行く。笑夢の笑顔を想像して可愛くラッピングしてもらった。 「はいこれ、開けてみて」 「ありがとう…ワクワクする~」  笑夢は受け取ると、丁寧にラッピングを外す。 「わあ!可愛い!ありがとう!これ欲しかったの!このワイン美味しいって評判だし、ボトルも可愛いんだもん!嬉しい~ありがとう!」 「喜んでくれて良かった」  俺は、笑夢に本日3度目のキスをした。  笑夢の喜ぶ顔が見られてとても嬉しい。やったぞ、俺。  それにしても可愛い過ぎるだろ、俺の笑夢。 「ありがとう。私がこれ欲しがっていたの、よく知ってたね」  キスなんてなかったかのように、さり気なく笑夢が言う。 「うん、雑誌に丸つけてあったから」 「そっか!そんなこともチェックしてくれていたなんて嬉しい。ありがとう」 「大好きな笑夢の好きな物を知るのは彼氏の仕事のひとつだよ」 「ハハハハハ~そうなんだ~。いつも私のためにお仕事ありがとう」  と言って笑夢は俺の頬に『チュッ』と、軽いキスをした。  子供だましのようだな、と思いつつも俺はかなり嬉しい。 「飾っても良い?もったいなくて飲めないわ」 「もちろん、どうぞ」 「じゃあ、ここのコレクションコーナーに飾るね。良い?」 「どうぞ~」  笑夢はキラキラした綺麗な小物が好きで、キッチンカウンターの一角にマニキュア、リップ、俺があげたチョコレートのパッケージなんかを可愛く飾っている。そこに今あげた小さなワインボトルが仲間入りした。 「わあ、一段と素敵なコーナーになったね。見ているだけで幸せな気分になれる。嬉しい!ありがとう」 「良かったね。そんなに喜んでくれて俺も嬉しいよ」 『よし、あと1回のありがとうで4度目のキスをしよう』俺は心の中で呟く。  そう、俺は笑夢が5回『ありがとう』と言ったら1回キスをすることにしている。  次は抱きしめながらキスをしよう。  そう思ったとき… 『ブルブル…ブルブル…』  と、笑夢のスマホが電話の着信を知らせた。 「あ、切っておくのわすれた~ごめんね」 「電話だろ?出たら?」 「ううん、せっかく臣人君がいるのに」 「誰からかわかるの?」 「ううん。わからないわよ。わかるように設定してあるのはあなたのだけよ」  しつこくなり続いていた着信を知らせるバイブ音がようやく止まった。 「ごめんね」 『ごめんね』は笑夢の口からはあまり聞きたくない。 「謝らなくて良い。気にしてな…」  最後の『い』を言おうとした時、笑夢の手の中でまたバイブがなった。 「さっさと切ればよかった。ごめんね」  と、笑夢が言いながら電源をオフにしようとした。 「出て良いよ。むしろ、出て」 「…」 「誰からかわかるのか?」 「見ていないからわからないけど…」 「けど?」 「わからない!」  笑夢が怒り気味に言った。 『オイオイ、怒りたいのはこっちだ』と、笑夢にも、電話の相手にも言いたいけれど、きっと険悪になるか喧嘩になるかのどちらかだ。さっきまでの楽しさが消されてしまう。  なんて考えているうちに今度はメッセージの着信音が鳴った。  笑夢は出ようとしない。 「怪しすぎるだろ。何か隠してるね?」 「やましいことは何もないの。ただ…友達の彼氏に告白されて困ってるの」 「それは大変なことだろ!いつの友達?」 「大学時代の…」 「じゃあ、俺も知ってる子?」 「ううん、会ったことないよ」  俺達は大学時代からの付き合いで今年で5年目になる。俺が大学4年になってすぐにひと学年下の笑夢を学食で見かけ声をかけた。話をするうちに笑夢の笑顔と『ありがとう』のことばに惚れて告白した。俺はとにかく笑夢の笑顔が好きだ。だから、今泣きそうになっている笑夢を見るのは辛いけれど、他の男が笑夢を欲しがっていると知ってしまったのだから黙ってはいられない。 「で、そいつには何て言ったの?」 「私は彼氏しか愛せないから嫌だって」 「うん、ちゃんと言えたんだね」 「当然です」 「友達には話した?」 「言えないわ。誤解を生みそうだから。それに、遊び心じゃなくて本気だって言うの」 「そっか。確かに彼女の友達を好きになってそれを本人に伝えるのは本気かも知れないな。でも、どうして俺に隠した?」 「それこそ誤解されたくなくて…。ごめんなさい」 「俺、笑夢に謝られるの嫌いなの知ってるよね?」 「うん…でも…嫌な思いさせたから…」 「むこうはつきあってどれくらい?」 「2年くらいかな。結婚を考えている二人だから、壊したくないの…」 「あ~、そうなのか…きっと、ふたりの間に何か問題があるのかも知れないな」  と、言っていると玄関のインターホンが鳴った。  笑夢がチェックする。 「あ!どうしよう…どうしてここ知ってるんだろう。噂をすれば…」  笑夢が不安気に俺を見る。  インターホンが鳴り続く。 「俺が出よう」  俺はインターホンの通話ボタンを押す。 「はい」 「あ、すみません。話がしたくて…笑夢さんは在宅ですか?」 「はい、いますけど…僕がいても話しますか?」 「はい。是非…」 「わかりました。どうぞ」  俺は玄関の鍵を開けた。  間もなく、中肉中背のイケメンが入って来た。俺が勝てるのは身長だけかもしれない。なんだか焦る。 「初めまして。和井(わい)と申します。臣人さんですよね?」 「ええ。笑夢に話があるんですよね?」 「はい」 「大筋は聞きましたが話は長くなりそうですか?」 「ええ。そのつもりで来ました」 「どうぞ入って下さい」 笑夢はリビングでこの会話を聞いて思ったらしい。 『入れなくても良いのに…臣人君たら、ここは私の部屋よ。彼氏以外の男性を入れるなんて気持ち悪い。しかも自分のことを女として見ている友人の彼氏。余計に気持ち悪い…』 と。 そんな笑夢の気持ちを俺はわかっていなかった。 「本当に入っても良いんですか?」 「ええ、僕もゆっくり話がしたいので」 「わかりました。では、おじゃまします」  そう言うと、和井君は入って来た。 「笑夢ちゃん、おじゃまします。ごめんね」  和井君は恐縮している。 「ええ…彼が良いというなら…和井君コーヒーで良いですか?」 「あ、うん。でも、お構いなく。それから、これ、お土産。前にあいつからトマトとフルーツが好きだって聞いたから、可愛いお土産じゃないけれど、もらってくれる?」 「あ、うん。ありがとう」  大好物のトマトとフルーツをたくさんもらって笑夢の顔は思わずほころんだ。  和井君は基本的に悪い人ではないようだ。  だけど、俺の心は叫んだ。  ほかの男に笑顔で『ありがとう』と言うんじゃない!と。4つたまった俺への『ありがとう』が今のでひとつ減った。 俺と笑夢が隣に座り、和井君は俺の向かい側にすわった。 「変な言い方になるけれど、僕に笑夢ちゃんをください」 「やめて!」 「いきなりそれはないだろ」 「話は早い方が良いかと思いまして…」 「私はずっと断っていますよね」 「うん。でも、諦められなくて…」 「笑夢の何がそんなに良くて、君の彼女と違うのかな?」 「僕は、笑夢ちゃんの『ありがとう』が好きなんです。いつでも聞いていたい」 「そんなこと?だったら自分の彼女に言えば良いじゃない。ノコだって…」 と、笑夢は自分で言っておきながら、彼女が『ありがとう』と言ったのを聞いたことがあったかな?と、考える表情を見せた。 「笑夢ちゃん、今、あいつの『ありがとう』を思い出そうとしたけど、思い出せなかったんじゃない?」  和井君が図星を指す。 「ん…だからって、どうして私なの?私には臣人君がいるの。私は臣人君だけが好きなの」 「でも、僕は諦められない」  と、和井君が笑夢に対する執着を見せたところで俺が口を挟む。 「俺の存在は無視なのかな?とにかく、僕達は離れることはない。それに僕だって笑夢の『ありがとう』は好きなんだ」 「ありがとう。嬉しい。大好き」 「うん。俺も大好きだよ」  今の笑夢の『ありがとう』でさっきの分が戻ったから、あと一回でキス。 「和井君、ノコと結婚の話が出ているんでしょ?」 「え?ああ…そんな話をしたことがあったけど、今はしていないんだ」 「どうして?」 「うん…好きでいてくれてるのかわからない。それに人としての魅力が感じられないんです」  和井君が目を床に落とす。 「ん…まず彼女に俺のこと好き?って、聞いてみたらどうなんだ?」 「聞けませんよ、そんなこと…臣人さん、聞きますか?」 「うん、聞くよ。なあ、笑夢」 「うん。1日1回は聞かれますよ」 「ラブラブで羨ましいです」 「コーヒーおかわりどう?」  俺は切なくなって話を逸らした。 「いただきます」 「はい。私淹れるね」 「俺が淹れるよ」 「あ、ありがとう。お願いしちゃう!」  おっと、5回目の『ありがとう』が来たぞ。俺は笑夢にキスをした。 「人前よ!」  と、ちょっと拗ねて言う笑夢は一段と可愛い。和井君が悲しそうな表情を見せたが、俺の彼女だ。我慢しろ。と、視線で訴えた。  2杯目のコーヒーを飲み出してすぐ、笑夢のスマホが電話の着信を知らせた。 「あ、和井君の彼女…ノコからよ。出て良い?」  俺達男が笑夢を見たけれど笑夢は躊躇ない。もしかしたら決着がつくかもしれないから頷く。 「はい。ノコ、出るのが遅くなってごめんね。電話なんて珍しいわね」 『聞いてよ。最近、和井君がさ、私を避けているんだよね。何でだと思う?』 「今、和井君ならうちにいるよ。私の彼氏もいるけど、ノコも来たら?」 『え!何でいるの?』 「来てから本人が話すと思うよ。どうする?来る?来ない?」 『もちろん、行くわよ』 「うん、待ってるね」 「揉めそうだな~」  俺は揉め事が苦手だ。 「ごめんね、疲れて帰って来たのに、こんな面倒に巻き込んで…」 「仕方がないよ。大切な彼女が絡んでいるんだから帰るわけにいかないだろ」 「うん、ありがとう」 「僕の方こそ、すみません」  と、和井君はうなだれた。 「もし、結婚を考えているのにこんな状態ならよく考えた方が良い。もし『ありがとう』が言えないという部分だけが原因なら話し合いで改善した方が良いと思うよ」 「そうですね…臣人さんは結婚は考えていないんですか?」 「もちろん考えているよ」 「え?考えてくれているの?」 「もちろんだよ。俺が笑夢を手放すわけないだろ?」 「え~、嬉しい!ありがとう」  笑夢は感動した顔で俺に抱きついた。 「放さないでね」 「あたりまえだろ。心配しないで」 「ありがとう」  俺達のやりとりに和井君が目を伏せた。  淋しそうな表情をする男だな…。    しばらくすると、ノコが来た。 「いらっしゃい」  笑夢が玄関でノコを迎えると、 「あ、和井君の靴。本当に来てるんだ」  と、ノコが呟くのが聞こえた。  ノコはリビングに入って和井君を見ると俺にはあいさつもしないで 「何であんたがここにいるのよ!」  と、怒った。和井君は悲しそうな顔をした。  俺は冷静にノコの行動を見て 「別れても良いかもね、このままなら」  と、和井君に同情することを言うと 「はあ?何の話?」 と、ノコが怒りを露わにする。 「臣人君、無責任なことを言わないで。ノコの言い分も気もちも聞かないで突き放すようなことを言うのは酷いよ」 「でも、子どもじゃないんだ。ノコさんはここの客だ。あいさつも出来ない彼女は和井君にとってマイナスの相手だと思う」 「すみません。僕のせいで喧嘩に…」 「え?ああ、あいさつ…どうも、ノコです」 なんだ?この女、大人だろ?子どもより酷いぞ。 「和井君、これは喧嘩じゃないわ。意見交換よ」 「うん、俺達にはよくあることだよ。思った ことを言わないと気もちにズレが生じるからいつも考えが違うと思ったら言い合ってる。これで別れ話に繋がることもあるけれど、別れたことは一度もないよ」 「ノコ達も冷静に話し合って」 「うん…」  俺と笑夢は席を外した。が…聞こえてくるのはノコの怒鳴り声ばかり…。 「スイーツ出そうか」 「そうだな」 「このままだと隣の部屋から苦情が来るわ」 「ああ」 「ノコ!スイーツ好きよね?臣人君のお土産なんだけど食べる?」 「うん、食べる」  笑夢はケースごとノコに見せる。 「ノコ、好きなの選んで良いよ」 「じゃあ、私エクレア」 「了解。和井君は?」 「僕は良いよ。せっかく臣人さんが買って来てくれたんだから、笑夢ちゃんが食べて」 「うん、わかった」 「おい、笑夢、もう一度くらい、どうぞ、って言いなよ」 「え~、せっかく和井君が遠慮してくれたのに…」 「本当に僕は良いから、笑夢ちゃんどうぞ」 「うん、ありがとう。私シュークリーム食べよう!」  笑夢は今、和井君に『ありがとう』と、言ったから、マイナス1だな。  俺は数える。 「はい、ノコのエクレアとノコの好きなアイスティー。どうぞ」 「うん」 「生シューってあんまり売ってないんだよね~。臣人君、見つけるのが上手よね~いつもありがとう。いただきます」  よし、5回目の『ありがとう』来た!  笑夢は俺に『ありがとう』を言ってから食べ始めた。笑顔が可愛い。 『チュッ』俺は笑夢にキスをした。  笑夢は何事もなかったように 「美味しい!とっても美味しい!臣人君ありがとう!一口食べる?」  と、聞いて来た。本当に可愛い彼女だ。和井君羨ましいだろ~、と、言いたくなるが『ありがとう』も『いただきます』も『おいしい』も言わずに無表情で食べている女を彼女にしている和井君が可哀想なような、情けないような、そんな感じで見てしまう。『俺なら別れるな』断定だ。  ふたりがスイーツを食べ終えると、 「臣人君ごちそうさまでした。とっても美味しかった~。ありがとう」  と、笑夢がキラキラした笑顔で言った。 「どういたしまして。また買って来るよ」 「ありがとう!嬉しい!今度はタルトもね!」 「OK!何なら全種類買って来るよ!」 「ハハハハハ~ありがとう!嬉しいけど、太っちゃうね!」 「太っても笑夢は可愛いだろうから良いんだよ。笑顔が見られる方が良い」 「そう言ってくれてありがとう。安心して美味しいものを沢山いただけるわ」 「笑夢、洗い物手伝おうか?」 「ありがとう!でも、大丈夫。だって私とノコのお皿だけよ」 『チュッ』一気に本日6回目のキス! 「皆の前ではやめて。恥ずかしい!」  何も言わずふてぶてしく座っているノコという女がどんどん嫌になってくる。俺は一瞥してしまった。 「ノコ、別れよう」 「え!何で?」  和井君の突然の告白にノコはハトに豆鉄砲の表情を見せた。 「僕は笑夢ちゃんみたいな女の子が好きで、臣人さんみたいな彼氏になりたいんだ」 「え、こんなのろ気合ってるのが良いの?」 「うん、良いね~。すごく羨ましい」 「気もち悪くない?私達同じ歳だしヤダよ」 「良いじゃん、カップルでしかできないことだよ。それに歳は関係ないよ」 「まあ、そうだけど…」 「それにさあ、僕も『ありがとう』って言って褒めてもらいたいんだ」 「え『ありがとう?』『褒めてもらいたい?』何それ」 「気がついていないのか…なら、仕方がないのかな…」 「何のこと?はっきり言いなよ」 「人と比較するのは良くないかも知れないけれど、笑夢ちゃんが彼氏に10回以上『ありがとう』って言ううち、君は一度も言ってない。スイーツを頂いても、飲み物を頂いても当然のような顔をしてる。そういうところが嫌なんだ。もううんざりだ。だから、別れよう」 「そんな簡単なこと?」 「簡単なら気がついてるはずだよ。俺は笑夢ちゃんが好きなんだ。ふられたけど」 「あんたまで笑夢なの~?ほかの友達の彼氏達もみんな笑夢のことを好きになるのよ!この間だって…」 「やめて!言わないで!」  笑夢が止めに入った。俺は聞いてないぞ。 「教えてノコさん」 「わかった。臣人君、私が話す…。友達の彼氏に告白されただけ。ちゃんと断ったよ」 「笑夢はモテるのか…」 「たまたまよ」  笑夢が焦ってる。 「ううん。男はみんな笑夢を好きになる。裏でどんなちょっかいを出してるのか知らないけど…」 「酷い!ノコ!私は何もしてない!臣人君しか男に見えてないって言ってるのに!怒るよ」 「じゃあ、何で、次から次にみんなの彼氏があんたを好きになるのよ!変じゃん」 「変じゃないよ…」  俺は口を出さずにはいられなかった。 「自分の彼女だけど、笑夢は男から見たら魅力的だ。こんな自然と『ありがとう』って笑顔で言われて褒められたら男は惚れるよ」 「え、そうなんだ。じゃあ、私これから『ありがとう』って言う女になるから、和井君チャンス頂戴!お願い」 「できるかな…」 「できるよ!ちゃんと言うから!和井君が好きなの!私には和井君しかいないの。笑夢が彼女だったらモテすぎて心配になって毎日落ち着かないよ」 「私はそんなじゃない。臣人君が誤解するから本当にやめて」  笑夢がムキになる。 「…わかった。頑張って直して。楽しみにしてるよ。でも、僕だけじゃなく周りの人にも言うこと」 「わかった。頑張る」  と、ノコが小声で返事をした。    俺は、想像していたよりはるかに笑夢がモテることを知ってショックを受け焦り出した。変な油汗が出て全身から溢れ出るのがわかる。笑夢を誰かに取られたらこの先の俺の人生は確実に色褪せたものになる…。 「笑夢!結婚しよう!すぐにでも結婚しなきゃ心配でしょうがない」 「嬉しい!ありがとう。大好き」  俺は笑夢にプロポーズの長いキスをした。  物凄くしょっぱい!目を開けると、笑夢の顔は涙に溢れブサイクに歪んでいた。  このブサイクな泣き顔さえ愛おしい。  これは何度目のキスだろう…。  もう数えない。  これからは『ありがとう』をもらえたらすぐにキスをしよう。 「笑夢、これからも『ありがとう』をたくさん聞かせてくれ。愛してるよ」  俺の言葉に笑夢が笑顔を輝かせて言う。 「ありがとう」
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