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紗月はハア、ハア、と息切れをおこしながらひたすら走った。夜なのに周りの景色が夕焼けのように赤い。精一杯息を吸いたいのに、肺に届く空気は煙たくてどれだけ息をしても酸素が全身に届いている感じがしなかった。
「この冬はとても厳しい寒波らしい。乾燥も酷いようだから火の用心はしっかりしないといけないな」
「そうね。火事になれば我が家が燃えるだけじゃなくて周りの家もみな燃えてしまうわ。紗月も火の扱いには気を付けて」
「うん」
そう両親と話していたのはつい最近のことだ。
まだ小さな紗月でも例年以上に肌を刺すように冷えた空気を感じとっていた。空気が乾燥していると火が燃えやすく火事が起こりやすいことも両親に日々教えられていたから、紗月は好きな焼き芋をする回数も減らして火の後始末もきちんとできているか、落ち葉に穴が開くほど確認した。だから自分の家だけは火事と無縁だと思っていたのだ。
その日の夜もいつもと同じように両親に「おやすみ」と告げて床についたはずだった。
紗月は目を閉じているのにどこか明るいような気がして目を覚ました。その瞬間、両親の部屋につながる壁を炎が上っていくのを見てしまった。驚いてハッと息を吸い込むと、芋を焼くために敷いた落ち葉が燃えるのと同じ煙臭い空気が鼻に入ってくる。
——逃げなきゃ……!
紗月は燃えている壁とは反対側にある小窓を恐怖で震える手で押し開けた。うまく力の入らない腕で体をなんとか持ち上げ、転げ落ちるようにして小窓から脱出した。
「いっ……」
脱出した際に打ち付けた体をぐっと力を入れて起こす。周囲を見ると、周りの家も同様に燃えていた。どこから火が出たのかもはや分からない。木造家屋ばかりの村はあっという間に火の海になっていた。
甲高い叫び声。誰かの名前を呼ぶ声。泣きじゃくる声。火事を知らせる鐘の音。消火の指示。様々な音が耳に突き刺さってくる。
紗月も「父さん! 母さん!」と叫びながら走った。今までに出したことがないほどの大声で、無我夢中で叫んだ。それなのに返事がない。違う場所に移動しながら叫ぶ。返事がない。
それを繰り返す内に紗月は息切れし、声もどんどん掠れていった。ケホケホと乾いた咳も出てきた。
「父さん……母さん……」
掠れて酷い声が涙で揺れてさらに弱弱しくなった。
いくら呼んでも返事はなかった。足ももう限界だ。裸足で駆け回っていたから、足の裏がじんじんと鈍い痛みを訴えてきていた。
——父さん、母さん
最後は声すら出なかった。ぐらりと視界が揺れる。体が傾いているのも分かったがもう踏ん張ろうという気すら起こらなかった。
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