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「火傷している部分にこの軟膏を塗ってね! 包帯に塗って火傷している部分に巻き付けるのも良いんだって! 効くのが早かったら、明日には良くなる薬らしいよ!」
紗月は避難所になっている道場で、村人にそう言いながら軟膏壺を渡していった。台詞を教えてくれたのは水春だ。詳しいことは何も分からない紗月はこの言葉だけ繰り返した。
ありがとう紗月ちゃん。軟膏ありがとうね。神様みたいな薬ね、ありがとう。
道場で軟膏を渡すたびにお礼を言われた。
でもお礼を言われるのは紗月じゃなく水春とコウであるべきだ。
隣に佇む水春にそう言うと「私とコウの姿は村人には見えないから、お礼は君が貰っておいてください」と言う。紗月はお礼を言ってくれる人に本当は水神様と狛犬が皆のことを思って作ってくれた薬だと言いたかった。それでも何も言わずに礼を受け取っていたのは、水春とコウが嬉しそうにしていたからだ。
紗月は彼らのことをやっぱり優しい神様たちだと思った。
それから3日も経てば村人の火傷はほとんどなくなっていた。
「水神様! もう村の皆が火傷は治ったって言ってるよ! コウと水神様が作ってくれた軟膏のおかげだって!」
紗月は村人の怪我が治ったことと、軟膏のおかげだと言ってもらえることが嬉しくてはしゃぎながら水春に報告した。
水春は紗月の大声に少し驚きながらも「良かったね」と返してくれる。
コウは水春の膝の上に寝転がって気持ちよさそうに撫でられていたが、紗月の声で今までの気持ちよさが吹き飛んでしまったようだ。現に恨めし気に紗月を睨んでいる。
「それでね、今度は畑を耕して作物をもう一度作れるようにしようって言ってるの」
「応援しています」
水春は明るく微笑んだ。農業のことなどは水春の力などなくても村人たちの知識があればいくらでも再生できるだろう。
「水神様もコウも手伝ってくれるでしょ?」
紗月はキラキラした目で彼らを見る。
この前の出来事で紗月は自分たちのことを師匠か何かと勘違いしているのではないかと水春は思った。
「いや、耕作は……」
水春がもごもごと口を動かしている間にも、紗月の期待を孕んだ視線が顔に突き刺さってくる。
「薬草園作ってたってことは農業もできるんでしょ!」
痛いところを突かれたと水春は思った。薬草園を作るにあたって最低限の知識と技術は学んだ。しかし本当に初心者に毛が生えたようなもので、正直役に立てる気は全然しない。
ううっと水春が唸っていると、膝から降りたコウが紗月の目の前に立った。そして鼻先でコツンと紗月の頭のてっぺんを小突いた。
それはコウなりの了承の合図だ。
「……はあ。分かりました。今回はまっったく役に立たないと思いますが、コウとともに村の力になりましょう」
水春がさらりと紗月の頭をなでる。紗月はとても嬉しそうな、満面の笑みでありがとうと礼を言った。
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