Alabaster

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「やぁ、随分と男前が上がったじゃないか。」 「……、か、は…。」 「君達の度胸にはほんとに関心するよ。まさかマフィアを敵に回そうだなんて、神すら考えつかない所業だ。」 革靴の踵を鳴らしながら、僕は今、まるで値踏みをするように目の前の一人の男を見回している。 反抗的な奴隷の調教のために用意された、地下の拷問部屋の薄汚い壁に吊るされ、項垂れる白髪の彼は、つい先日までこの奴隷商店の商人だったのだ。 だが今では見る影もなく、美しい白肌の身体には痛々しく映える大きなアザを作り、口端は切れ、溢れた血は赤黒く固まってしまっていた。長時間吊るされたままの腕は今にも引きちぎれそうでとても見ていられない。やれやれ、僕の部下はどうやらやり過ぎというものを知らないらしい。 見るも哀れな姿に僕はひとまず彼の腰を支えてやった。 「僕は何度も止めたはずだよミスター・ホワイト。君の事を思って口を積むんできたが、いずれかは勘づかれる。だから今のうちに手を引けとあれほど言ったじゃないか。…いつ気付かれるかと肝を冷やしながら違法に巻き上げた金で食う飯がそんなに美味かったのかい?」 彼は商店のオーナーと共に複数のマフィア相手に違法商売をしていたのだ。そして先日、とうとう悪行が明るみになり、拘束され痛めつけられ今に至る。 「僕の言葉に首を縦に振っていれば、君をそんな姿にはさせなかったのに。」 「…、っ、ふざけるな……っ、…誰が、あんたなんか……。」 彼は、…ウィリアムは青く腫れ上がった目を微かに開き、今にも消えそうな掠れた声でようやく返事をした。こんな状況でもいつもの憎まれ口は変わらない。そんなところが堪らなく愛しいという事を、彼はまだ知らないようだが。 そっと彼の顎を支え上向かせてやれば、微かに開いた瞼の奥に潜む水晶玉のような美しい瞳が煌めいていた。あぁ、血に汚れた顔も美しい。 「…、オーナーは…、……オーナーはっ、…どうした…。」 「あぁ、ミスター・トーマスのことか?彼なら、おそらく今頃首を切り落とされているところさ。」 僕が軽々しくそう言えば、ウィリアムは過剰なまでに肩をビクつかせた。 「どこの組が彼を処分するか、随分取り合いになったものだよ。生憎、うちの組はポーカーで早々に負けてしまってね。確か勝ったのは西の方の組だったかな。彼ら、随分と張り切っていたね。どうなぶり殺してやろうか。生きたま皮を剥いでやるか、内蔵を引きずり出そうかそれとも、って…」 「ひっ…!」 「西の組のことだ、拷問もほかとは比べ物にならないぐらい残虐だろうね。なぁウィル、次は君の番だとは思わないかい?」 わざとらしく身体をまさぐり、耳元で囁く。酷く破られたシャツの隙間からするりと手を入れ胸を触れば、薄い皮の向こうから感じる鼓動はまるで踊っているかように早かった。 「君の仕入れる奴隷、どれも見事だったよ。労働奴隷は勿論、性奴隷の質はどの売り場より格別だった。顔も体型も、具合も。…でもね、君は君の仕入れるどの奴隷より美しかった。希少なアルビノの君がね。」 そう、ウィリアムは先天性の色素欠乏症、つまりアルビノというやつだ。その美しい髪を撫で、優しい口調とは裏腹におぞましい言葉を並べれば、その狭い肩がカタカタと震え出す。 「そんな君を、彼らが大人しく殺してくれると思うかい?そうだな、生きたまま血を抜いたり、目玉をくり抜いたり、そういう拷問も楽しいかもね。でも、それよりも、美しくか弱い君を組み敷いて好き勝手に汚す方がきっと盛り上がるだろうね。そして‪、彼らの気が済んだら生きたままバラされ、売られるのがオチかな。」 「…っ!…い、ぃやだ…!」 ガシャン、とウィリアムが派手に鎖を鳴らす。 その顔は恐怖と絶望に歪み、目は涙で潤んでいた。オーナーは囚われた際に、彼を好きにしていい代わりに自分は見逃してくれ、なんて宣っていた。最初から、オーナーはウィリアムを保険としか思っていなかったのだろう。どこまでも生きる価値のない屑だな、奴は。 「だからそうなる前に、僕が君を買ったよ。」 「え……?」 あぁ、やっぱりそういう顔が一番好きだ。驚愕に見開かれた目からは溜まっていたまるで聖水みたいに綺麗な涙が一滴零れた。勿体ない、なんて思ってしまう僕は末期だろうか。 「初めてだね、こんなに高い買い物をしたのは。貯めてたボーナス、一瞬で消えちゃったよ。」 けらけらと笑って見せても、ウィルの顔は引きつったままだった。腕が痛むのかな、可哀相に。 「……、何故、…?」 「何故?…愚問だね。」 そろそろ限界そうなウィリアムの腕を案じて、持っていた鍵で鎖を外してやった。とうに脚の感覚など麻痺していたのだろう。麻痺した脚は身体を支える事など出来ず、そのまま崩れ落ちそうになる彼の腰を優しく抱える。ふむ、僕の支え無しじゃ立てない君も悪くない。それにしても、相も変わらず細い腰だ。きっとあの野郎は君にろくな飯も与えていなかったんだろう。自分の手でなぶり殺せなかったことが今になって頗る悔しい。 「……助けて、くれたの、か?」 「YESと言ったら、君は私を好きになってくれるかい?」 「…はっ、それこそ愚問だな……。」 煌めく白髪の下から覗くその反抗的な目に、どうしても下品な笑みが零れてしまう。あぁ、ウィル。君はどこまで僕を惚れさせたいんだ。 「…ウィリアム。世界が君に優しくないという事は、君が一番身に染みて分かってるだろう。反抗的な君も素敵だが、これだけは理解して欲しいね。」 手首の重い枷はそのままに、僕はそっと、血で染まった唇にキスを落とした。口の中にほんのり香る鉄の匂いまで愛しい。 「今の君はもう奴隷商人では無い。世界一美しい、僕の奴隷なんだよ。」
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