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俺がこの人、アンドリューの館に足を踏み入れるのは、随分と久々だった。本来なら俺みたいな一介の商人がマフィア幹部の家に入る事は異例中の異例だ。だが俺は奴隷の商談のため、何度かオーナーに連れられここに来たことがある。無駄にでかく、目に入るもの全てが高級品で豪勢な作りのこの屋敷は、何度来ても慣れないし落ち着かない。こんなに広い屋敷なのに、雇われているのが男の召使い2人だけというのも気になるが。
そんな屋敷に連れて帰られ、一通り手当を受けた俺を待っていたのは……大理石の風呂だった。オマケにアンドリューは自身の手で俺の頭を洗ってくれた。召使いがいるのにも関わらずだ。極めつけは、破れた安い服の代わりに用意された白絹でできた高級服と、着替えた俺を待っていた高級フレンチのフルコース。
どういう状況なのか、馬鹿な俺には全く理解できなかった。俺は買われたんじゃなかったのか。
当の本人はその後も俺の身の回りの世話をしてくれて、今はベッドに座りながら鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌な様子で足の間に座らせた俺の髪に櫛を通している。
こんなの、奴隷が受けていい扱いじゃない。
「…何が、目的なんだ……。」
「…目的?んー、そうだね。」
櫛をテーブルに置き、俺の頭を優しく撫で始めた。振りほどこうかとも思ったが、あんな扱いを受けておいて伸ばされた手をあしらうのも恩知らずだと思って素直に撫でられることにした。
そんな俺の様子に何を思ったか、撫でる手を止め、アンドリューは後ろから俺を抱きしめてきた。
「身体は手に入った。けれど、僕は君の全てが欲しい。まだ全然足りないんだ、ウィル。」
何を言って、と発そうとしたが、その言葉が俺の喉から出ていくことは無かった。抱きしめられたそのアンドリューの手が、俺の服の間から入り込んできたからだ。
「僕のものになってくれ、ウィリアム。」
――そんな言葉に、危機感を覚え逃げ出そうと飛び上がったが、その行動を読まれていたのか俺は痛む腕を掴まれ、クイーンサイズのベッドに放り込まれた。
「ゔ、!……ぐ、…」
掴まれた腕が酷く痛む。が、そんなこと気にする場合では無いと、なお足掻く。ここで逃げなければ、きっと俺は酷い目にあう。そんなのごめんだ!どうにかして逃げ――――――
バキ、と鈍い音が部屋中に響いた。
なんだ、何の音だ?俺は部屋中を見回した後、恐る恐る、掴まれた左腕に目をやる。
俺の腕が肩より向こう、普通なら届かない所にまで曲がっていた。あの音は俺の肩から鳴った骨の軋む音だったのか?
自分に起きたことを理解した瞬間、稲妻みたいな激痛が俺の体を駆け巡った。
「い”っ、っ”あ”ぁぁぁあ”ァァあ”あ”っっ!!」
激痛に視界が眩む。眼球を涙が濡らしていくのがわかった。揺らぐ視界の向こうのアンドリューは、どこまでも冷たい目をしていた。まるで聞き分けの悪い犬を見るような、あるいは壁のシミを見るような、そんな目だ。
怖い、怖い――。
込み上げる恐怖にひゅ、と喉が鳴る。俺が抵抗を辞めれば、アンドリューは手の力を弱めてくれた。
「頼むよウィル、暴れないでくれ。このままだと次は本当にそのか細い腕を折ってしまう。」
痛む肩を優しく撫でながら、アンドリューはそう言う。肩に感じる温かい体温に、痛みが少し和らいだ気もした。
「なんで僕なんだ……、この白い身体がそんなに良いのかっ……!」
「ウィリアム、僕は君のアルビノという先天性の特徴もどうだっていいと、何度も言った筈だよ。その美しい白髪も、肌も、瞳も、僕は君だから好きなのだと。だから口説いたのに、君の答えはNOだ。」
「……なんで、俺があんたと……!」
「うん、君はいつもそう言う。だから買ったんだ。交渉では手に入らなかったから金で買い取った。ただそれだけの事さ。今の君は完全に僕の所有物、違うかい?」
唯一外してくれなかった首枷に鎖を繋げ、脱臼させた肩を愛おしそうに撫でながら、アンドリューはそう言った。
「自分の物にはマーキングしておかなければ、ね?ウィリアム。」
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