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「ごめん、もう行かなきゃ。君とは住む世界が違う。君はまるで天使のようだ。」
僕がそう言うと、彼女は寂しそうに呟く。
「私はそんなに神聖なものでもないよ。夢だった医者にはなれたけれど、私が大学病院で関わった実験は。最初はね。ほんとに人のためになると思って教授を手伝ったんだよ。だけど巻理教授の真の目的があんなことだったなんて。私、知らなかったの。」
なんだ? 何を言っているんだ。稲子ちゃんは。
「巻理教授はね、悪魔のような研究をやっていたの。最初は手術の練習に使いやすい半透明の人工臓器を造るという研究だったはずが、半透明がどんどんと透明度を増し、やがて全くの無色透明になり、マウスが猫になり、犬になり、そして。」
そして?
「軍部は二百年以上前からこの研究を極秘裏にやっていたらしいけれど、巻理教授はその研究の続きを自ら引き受けて、軍部から地位と大量の献金をもらっていたらしいの。今回のクーデタがこんなにもあっさりとなされてしまったのも、私たちが造り出してしまった、彼らの暗躍があって。」
夢の中とはいえ、彼女の真実味のあるそのものいいにうすら寒さを感じる。もう体調は少なくとも夢の中では万全なはずなのに。
「あなたの汚れは、運命に抗いながら賢明に生きてきた証。でも私の汚れは、親や先生の言いなりになり、自分で善悪をきちんと見極める力を養えなかった功罪なの。話が長くなってしまったわね。まだ完全に回復していないのに、ごめんね。医者が患者に何やっているんだって、怒られてしまうわね。ごめん。」
そのとき僕は、これがもうすでに夢の中ではないことに気づいた。
「謝らなくていいよ。治してくれてありがとう。君は立派な医者だよ。稲子ちゃん。」
「ありがとう。峰次くん。やっぱりあなたは、私の一番の。」
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