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二
「ありがとう禁止って、意味わかんなくない?」
バイトを終えたわたしたちは、駅前のファストフード店で向かい合って座っていた。
「それになに、あの変な言葉。呪文みたいで言いづらいし」
さっきから沙苗が眉をしかめて愚痴をこぼしている。わたしはシェイクを飲みながら同調するように何度も頷いた。
みょるもょる――。今日一日だけで何回声に出しただろう。仕事を教わるたび、厨房から料理を受け取るたび、このなんとも発音しづらい言葉を発したのだ。おかげで今も顎が痛い。
「せめて面接のときにルールのこと教えてほしかったよね。急に言われたからびっくりしちゃった」
わたしが愚痴ると、沙苗がポテトをくわえたまま「ほんとそれな」と頬杖をついた。言いたいことを吐き出せた解放感からか、白い肌がわずかに紅潮している。
「あーあ。思ったよりめんどいな、あのバイト」
その投げやりな言い方に、わたしは少しだけ不安になる。
「もしかして、辞めようって考えてる?」
「え? いやいや、まだ辞めないよ、さすがに」
思いのほかあっけらかんとした表情で答えるので、わたしはホッとした。
「よかった。沙苗が辞めたら一人になるし、心細いもん」
「千絵、心配しすぎ。だって今辞めたらディズニー行くお金貯めれないじゃん」
バイトの話を持ち掛けたのは沙苗だった。夏休みにディズニーシー行って一泊しようよ。短期ホールスタッフ募集と書かれたポスターを見つけた沙苗に笑顔でそう誘われたとき、わたしは子犬のように喜んだ。
沙苗とは同じ高校に通っている。入学してからまだ数ヶ月の付き合いだけれど、一番の親友だと思っている。一緒にいるだけでとても楽しいし、ワクワクする。たぶん、何もかもわたしと正反対だからだろう。性格だけじゃなく、見た目もそう。地味な容姿のわたしと違って沙苗は美人だ。くっきり二重瞼の目も、小ぶりな鼻も、透き通るような白い肌も、わたしの憧れ。
「ディズニー旅行楽しみだね」
わたしがそう言うと、沙苗は笑顔でうなずいてくれた。
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