始まりの森

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まるで豆鉄砲を食らった鳩のように、 本気で面食らった顔をしている。 「突然すみません。わたし、今日ここに引っ越してきた者なんですが、道に迷ってしまって…。この住所わかりますか?」 その人は一瞬少しニヤッとして、 「ネズミの手…」 と確かに言った。 「え?」 香子が眉を顰めると、 再度地図に視線を走らせて、 「わかりません。」 と即答した。 え? 「わからない…ですか…」 「僕は地図は読めません。ごめんなさい。」 あちらに交番があります。 そう言って、彼はスタスタと歩いて行ってしまった。 ふわっとした、残り香だけを残して、あまりにも迷いなく。 「…いい匂い…」 いきなり知らないおばさんに話しかけられたら警戒するか。 この辺で声かけられることなんか無いから慣れてないよね。 いや驚かせて申し訳なかった。 こんなことで傷つくわたしの方が悪い。 また空気読めなかった。 あ、それ苦手なんだわたし。 コインランドリーの洗濯機のように、ぐるぐる回る後悔の渦。 ぐるぐる、ぐるぐる…
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