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その4
夜11時30分過ぎ…。
M美は長男を寝かせると、しばらくその愛おしい長男の寝顔に見入っていた。
”本当によかった。人類滅亡って告げられた日を家族3人…、何事もなく過ごせたんだもの。こんなに幸せなことはないわ…”
M美は改めて、長年、孤独な不安に苦しんできた日々が今日で終わるのだと実感すると、両の眼が潤んで涙が込み上げてきた。
そして、横を向いて寝息を立てている長男のふっくらとした頬に自らの頬をすり当て、その肌感を貪るようにやさしく撫でまわした。
と…、その直後…。
”キキキーン”という、妙に低い音感の金属音と何かの鳴き声があわさったような響きが彼女の耳の届いた。
”何?…気のせいかしら…”
M美がそう自問自答してると、今度は明らかに長男の口から言葉が発せられる。
寝床に横たわった態勢のまま…。
「予告した日に到達した。あの時に告げたとおりになる…」
「!!!」
M美は思わ座ったまま後ずさりして、声なき声で絶叫した。
無理もない…。
今耳にした、寝ているはずの我が子の口から飛び出した声は、12歳のあの時聞いた声と同じだったのだから…‼
「ど…、そういうこと‼それって…⁉」
一瞬で全身に鳥肌が立った彼女は、精一杯そう聞きただしたが…。
すると、再びキキキーンという異音をたてて、寝ているはずの長男が飛び上がるかのように布団を跳ねのけ、母親であるM美の正面に立った。
「長きに渡ったニンゲンが我が物顔で支配した世界は、今日を以って滅びる。最後のニンゲンがお前だ。だから、あの時、通告したのだ」
M美のアタマは確かに混乱していたが、ただ一つ、目の前の長男はもう”別人”だということを悟ってはいた。
だが、実際は”もう”ではなく、”とっくに”の誤解であった!
加えて、”神様、なんで、私なのよ?”の疑問も晴れた。
絶望という代償を伴って…。
「…我々は数十年の歳月を費やし、徐々にニンゲンを乗っ取ってきたのだ。お前たちの細胞内へ侵攻したウィルス転移という様態を以って。すでに一瞬で態変体を起こすことができる。最後の一人であるお前を今から取り込んだ後、すべてのニンゲンを見た目の人間とは全く違う姿と器能に突然変異させる。わかったな?」
「ちょ…、ちょっと待ってよ…!じゃあ、アナタはいつから私の子じゃなくなったよ‼」
「この子を取り込んだのは1052日前だ。お前の夫はそれより後になるが、もう”人間”でなくなって2年近い」
「いやーー‼いやーー‼」
M美は狂わんばかりの形相で泣き叫び、髪の毛を掻きむしりながら、もはや半狂乱の体で部屋の外へ出た。
そして、階段をかけ降りると、リビングで一服中の夫の元へ駆けて行った。
「あなたー‼アナタは違うよね‼化け物なんかじゃないよね⁉」
テレビに目をやり、後姿のT男はタバコの煙をくゆらせていた。
「M美…。やっとお前も一緒になれるんだな。イヒヒ…」
それは、やはり…、であった。
この声はもはや聴きなれた夫のそれとは明らかに別人だったのだ。
そして、茫然と立ちすくす3M後方のM美へ振り向き変えると、その瞬間、彼の体は”キキキ―ン”という異音を発して溶けるようにいったん崩れ、さらに即再生された。
「ぎゃーー!!!」
たった今、夫の姿だったT男は、まさに目をそむけたくなるような容姿へと変わり経て、非人間に至っていた。
頭はクラゲ、胴体はてかりながらもどんより光る鱗に覆われたオランウータン、腕は細い触手状になっていて、足は3本あるが、厳密には真ん中が尻尾になってるようで、全長は1、5M程度だった。
ここでM美の腰は砕け、床にに崩れ落ちてしまった。
彼女の眼からは、再び涙が湧き出し、悲しげに頬を伝わっていた。
もっとも、ここでの涙は今さっきの涙とはとんだ、似て非なるものであっただろう。
さらに涙で潤んだ視界が、化け物と化した夫の後で写っていたテレビ画面を捉えると…。
バラエティー系の番組に生出演していたタレントや司会者も、いつの間にやら頭がクラゲのグロテスクな姿へと、見事に変貌を遂げていた。
ここに及び、彼女は意識を失う。
絶望という大海に呑み込まれて…。
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