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1. 畏れとの邂逅
(1)
ヌナキイリヒメ、通称ワカヒメが恋をした相手は、国で一番力を持つ、しかも荒ぶる神であった。
共に過ごした短い年月で、ワカヒメのほとんどは失われた。
愛らしい容姿、鈴を振るような声、艶やかな舞姿、豊かな黒髪。小さなふくよかな手は今では老婆のように皺が寄り、気の利いた言葉を紡いだ形の良い唇は乾いてひび割れている。
今のワカヒメに残っているのは、相手を想う心だけだった。
「私といればお前は私に取り込まれる。今となっては私はそれを好まぬ」
病の床に就いたワカヒメを訪った大神は、そっと手を取って小さな声で囁くように言った。
「大神さま…」
最初の頃は雷鳴のような大音声で話しかけられ、その度に心臓が止まりそうなほど驚いたものだった。それが今はワカヒメの身体を気遣って、囁きかけている。そのことだけで感激して、涙がはらはらとこぼれた。
「なぜ泣いているのだ。吾のことが嫌なのか。ならば消えよう」
「いいえ、いいえ、ちがいます。だから、ここにいてくださりませ」
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