第1話

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第1話

 彼に逢いに行ってはいけない。  それは、誰より俺が一番良く解っている。  それでも………、この気持ちを抑える事など出来る術もない。  彼と逢っているそのささやかな時間だけは、この痛みも孤独も拭い去る事が出来るから…。      †  彼は毎晩、この道を通る。  勤めを終え、少し疲れた顔で、暗くなった裏道をゆっくりとした足どりでやってくる。 「なんだ、もう来てたの? 寒いのに、待たせちゃって悪ィな」  いつもと同じ角に立つ俺に気付き、彼は歩調を早足に変えた。 「今夜はどうする?」  くったくなく笑う彼と共に、俺は夜の街へと向かう。  毎晩、あの場所で逢って。  毎晩、一緒に食事をして。  砂を噛むような食事さえ、彼と向かい合っている時だけは楽しい。  普通の食事では生けていけない、俺の身体。  呪わしい、身体。  相容れる仲間さえ存在しない、異質の生き物。 「レンはホントに食わねェよな。そんなだから肥らねェンだぞ? 背ばっかニョキニョキでっかくてさ。マッチ棒みたいだ」  端正な顔に、綺麗な笑み…が浮かぶ。  俺の一番気に入りの、その表情。  それを見る度に俺の内部で沸き起こる、強い衝動。  彼の身体を抱きしめたい。  彼の首筋に口付けたい。  彼の薄い皮膚を喰い破り、彼の生命力溢れる血液で、この渇ききった喉を潤したい! 「どうした? 気分、悪ィのか?」  不意に目を逸らした俺を気遣う、彼の声。  冷たい、死体と差して変わらない俺の身体に触れてくる、温かい手。  俺は無意識のうちに、彼の手を握りしめていた。 「いつものヤツか?」  不安そうに覗き込んでくる、宝石のような瞳。  …キミは、知らない。  俺の正体を…。  キミがそこにいるだけで、どれほど俺を惑わすのかを…。  その仄かに甘い体臭がフワリと香るだけで、俺の中の凶暴な本能がキミを求めてしまう事を…。
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