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「雨の音を聞かないようにするよりも、ちゃんと雨の音をひとつひとつ聞いていたほうが、よく眠れるんだって」
私がユキくんの前でうそつきになった、最初で最後の瞬間だった。
落ち着いた雰囲気を装っていたけど、内心は緊張して心臓がバクバク鳴っていた。
ユキくんみたいな知識に基づいたうそと違って、私のうそは口から出まかせのもの。
それでもユキくんは、目を輝かせてくれた。
「そうなんだ! 知らなかった!」
その日はずっと雨が止まず、翌朝になっても降り続けていた。
登校しようとしたとき、制服姿のユキくんと偶然出くわした。
「シノちゃん。昨日雨を聞いていたら、本当に眠れたよ!」
空模様とは裏腹にユキくんの顔は晴れ晴れしていて、私は心底ほっとした。
◇◇
あのときユキくんの一人部屋に憧れていた私は、今となってはもう家を出ている。
この年齢になってから、あのときのユキくんの言葉は本当だったのかな、と思うようになった。
本当は眠れなかったけど、私を安心させるために、眠れたとうそをついたのではないか。
仮にその言葉だったとしても、あの笑顔は本物だったのでよしとしよう。
雨は止まない。
まだ夜中なので、早起きする時間でもない。眠りに戻るために再び目を閉じると、雨の音が一層くっきりと輪郭を持った。
雨の一粒一粒に集中する。
私のあのときのうそは、その場で思いついたわりには悪いものではなかった。
意識が深くへまどろむ中、ユキくんの笑顔を思い出して、少しだけ泣きたくなった。
〈終わり〉
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