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「私、ユキくんみたいにはなりたくないなあ」
そう文句をこぼしたとき、ユキくんは声をあげて無邪気に笑った。
「それなら僕は、シノちゃんの反面教師だね」
反面教師、という言葉を知ったのはそのときだ。
結局私は、ユキくんを反面教師にはできていない。彼は今でも私の尊敬する人だ。
ユキくんとの一番の思い出は、雨がよく降る夕方の出来事だ。
お互いの母親がユキくんの家のリビングで熱心に世間話をしている間、私はユキくんの部屋で本を読んでいた。自分の部屋を持っているユキくんのことを、小三の私はうらやましく感じていた。
床に座り込んで、ベッドを背もたれにしながらユキくんの部屋の本棚にあった『十五少年漂流記』の物語に没頭する。
ユキくんは、ベッドの上で体育座りをしながらぼんやりと窓の外を見つめていた。
「夜になっても止まないと思う?」
急に言ったので、最初はなんのことかわからなかった。ユキくんの真似をして窓を見ると、ガラスにマークのような雫が垂れていて、雨の話だと気づく。
そういえば、さっきからザーザーと雨が降る音がしていた。耳に馴染んでしまって、わからなかった。
「止まないんじゃない?」
「嫌だなあ」
「なんで」
「僕、雨の日は眠れないんだよ。雨の音がこう、耳の奥まで入ってくるんだ」
ユキくんは顔をしかめながら自分の両耳をふさいだ。
うそを大まじめに話す図太さだけでなく、彼はこのような繊細さも兼ね備えていた。
「どうしたら、雨の音が聞こえなくなるんだろう」
ユキくんの声は憂鬱そうに沈んでいて、私は本にしおりを挟むのも忘れながらどうしたものかと必死に考えた。
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