青空

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 斉藤はあの後、三ヶ月ほど姿を現わしませんでしたが四ヶ月目に入ったある日、青空亭にふらっと姿を現わしました。店の中で暴れたことなど忘れたのか、わざと忘れたふりをしているのかわかりませんでしたが、そんなことは一切なかったように月子に接してきました。身なりもきちんとしていて、ワイシャツにもアイロンがかかっていて以前と変わらず几帳面な感じでした。まるで時間が切り取られて消滅したかのような振る舞い方でした。  斉藤はこれまでと同じように客がいなくなった昼過ぎにやってきてから揚げ弁当を買いました。店のすみの丸椅子にこしかけると弁当の包みをひろげて以前と同じように食べ出しました。なにも変わらない光景です。 「いつの日か月子さんと結婚できたらいいな」  懲りもせず、相変わらずそんなことを言っていましたが、いまはそばに元ボーノ亭の店主もいるので、以前のようにしつこく迫ってくることはありませんでした。独り言をつぶやいているようにぼそっと言うだけでした。 「出入り禁止にしましょうか」  事情を知っている元店主はなんども月子に進言しましたが、月子はこのままにしていようと答えるだけで、斉藤の出入りを認めていました。店に嫌がらせをされて、切りつけられそうになったことは忘れていなかったのですが、月子はそのことを恨んでいたわけではなかったのです。 「あれでなかなかいい人なんですよ。根はまじめで優しい人なんです」  そういう月子を元店主は呆れた様子でみていましたが口出しすることはありませんでした。  元夫の竜一はたまに顔を出すようになっていました。弁当を買いに来るというよりも、部下の斉藤がまた迷惑をかけていないか確かめにきているようでした。  事が起こった後に知ったのですが、単に会社の上司と部下という関係だけではなく、竜一と斉藤はおなじ高校の野球部の先輩と後輩という関係でもあったようです。竜一が先輩で斉藤が後輩ということです。斉藤は高校を卒業して何年もたっているというのに、いまだに先輩の竜一には頭があがらないらしいのです。竜一はおなじ高校の先輩後輩の関係ゆえに後輩が起こした不始末に必要以上に責任を感じているようでした。  斉藤の様子を確認しに店に来たついでに健太の様子を聞いていきましたが、気を遣っているようで健太が店にくる夕方以降の時間に顔を出すことがありませんでした。  月子は竜一が店にくることが嫌ではありませんでした。歓迎はしていませんでしたが、結婚当時のように恐れたりすることはありませんでした。 「奥さんとはうまくいっているんですか」  斉藤について話すよりも、月子は竜一と再婚相手との関係の方が気になっていました。 「子供が生まれてから、ますます手がつけられなくなってきたよ。ちょっとでも気に入らないことがあると、俺を蹴るし、殴ってくる。体中痣だらけだよ。まったくあいつの暴力にはまいっているよ」
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