青空

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 翌日からもボーノ亭は賑わっていました。客足が途切れることもなく、昼時には十数人程度の行列ができる日々が続いていました。青空亭の客はすっかり奪われてしまいました。ボーノ亭の行列に並ぶのを嫌がった客、つまりはボーノ亭のおこぼれ客が青空亭に訪れたので多少なりとも弁当は売れましたが、昼時を過ぎてしまえば客足はピタッと止まりました。  空いた時間を利用して月子は新しいメニューを考えたり、から揚げの改良に取り組んだり、店の掃除に力を入れたりしました。店の前に出て手作りのチラシを配ってみたり、呼び込みをしてみたりもしましたが、客足は思うように戻っては来ませんでした。いつも青空亭で弁当を買っていた常連客の姿をボーノ亭の行列のなかにみつけてはさみしい気持ちになりましたが、そういう気持ちになる度に母の言葉を思い出し、青空のように明るくしていようと努めていました。 「値下げをするしかない」  郷田に言われて一割ほど値段を下げてみましたが効果はありませんでした。もともと安くしていました、一割、五十円程度下げたくらいでは半額まで下げたボーノ亭の値段には太刀打ちできなかったのです。大きく値段をさげれば原価割れをしてしまいますし、それを防ぐためには弁当の質を落さなければなりませんでした。月子は弁当の質だけは下げたくありませんでした。客から質を落とされたと思われるのがなにより辛かったのです。  時間が経つほどに客足は遠のいていきます。焦って質を同じのまま今度は二割ほど値段を下げましたが効果はありませんでした。値下げの効果がまるででないだけでなく、値下げで利益を圧迫してしまったため、値下げから一月もたたないうちに弁当の値段を元に戻すことになりました。 「じっと耐えていれば、そのうちお客さんは戻ってくるから。味は青空亭のほうがいいんだから。きっと戻ってくるよ」  郷田は過去の商売の経験をいかしてアドバイスをしたいようでしたが、客がもどってくるようなアイデアは思い浮かばないようでした。それでも郷田の励ましは沈んでいきそうな月子の気持ちを支えてくれました。  だが弁当が売れなければ利益がでません。利益がでなければ仕入れにも影響し、生活費の工面も難しくなっていきます。徐々に徐々に、真綿で首をしめられるように青空亭の経営は悪化していきました。このままでは資金繰りができなくなり倒産をしてしまいます。  ボーノ亭さえ店の目の前にオープンしなければこんなことにはならなかった。あの店さえなければ……。そんなことをつい思ってはあわてて自分を戒めました。汚い思いを抱く自分が嫌になりました。他人のせいにしてはいけない。他人を恨んではいけない。妬んではいけない。月子は餅を噛むように繰りかえし自分自身に言い聞かせました。
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