青空

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 そういうなかで、すこしずつ客足が戻りはじめたのはボーノ亭がから揚げ弁当の大幅な値下げ販売をやめてからでした。青空亭に客が戻りはじめると同時にボーノ亭の客が減っているようでした。ふたたび定価の半額で販売されはじめれば元の木阿弥でしたが、ボーノ亭が値下げ販売を復活させる兆しはありませんでした。きっとフランチャイズ本部の方針ということなのでしょう。昼前からできていた十数メートルにも及ぶ長い行列もなくなり、気がつけばふたりのアルバイト店員もいなくなっていました。月子の店と同じように、店主がひとり厨房で調理をしたり接客やレジ打ちをしたりしていました。客の数は減りましたがひとりになったぶん忙しさは増しているようでした。月子のような個人商店と違い省略できない仕事も多いようでしたし、本部へ納める金も稼がなければならないようで、客がいないからといって暇ではいられないようでした。  客はまちがいなく青空亭に戻りはじめていました。常連客も戻ってきて、これまでボーノ亭にしか行ったことのない新しい客もくるようになりました。日に日に客は増えていき、忙しさは以前の忙しかったときよりもさらに忙しくなっていきました。 「やっぱりここの弁当が一番だよ」  ボーノ亭に毎日並んでいた常連客は気まずさを誤魔化すように言いました。  月子は批難めいたことや嫌みを言ったりしませんでしたが、馴染みの客であればあるほどバツの悪そうに愛想を言ったものです。 「つい広告につられてあっちで買ってみたけど、やっぱりここが一番だね」 「向こうのほうが値段は安いんだけど、その分味も落ちるんだよね」 「大将の愛想が悪いんだよね。なんだか威張っていてさ。それに比べて女将さんはいつも太陽みたいに明るくていいんだよね。こっちの気持ちまですっきりと青空のように晴れてくる感じでさ」 「大手チェーン店だから安心はできるんだけど、儲け主義というかなんだか弁当に愛情がかんじられないんだよね。工場で作った物を揚げたり焼いたりしているだけみたいだし」 「やっぱり弁当を作っている人の顔もだいじだよ。おじさんより、きれいな女の人の作った弁当のほうを食べたいからな」  などと戻ってきた客は好き勝手なこと言いながら青空亭の弁当を買っていきました。  これで青空亭は救われるという安堵とボーノ亭の経営は大丈夫だろうか、という心配は月子の胸のなかで交差していました。青空亭の倒産の危機はすぎて客足が戻ってきたことをうれしく思いながらも、青空亭の常連客だけでなく、せっかくボーノ亭に買いにきていた新規の客まで奪ってしまったことを申し訳なく感じていたのでした。
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