青空

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 客が減った原因はから揚げの味にあるのではないか、と月子は思っていました。安いだけでは客は長続きしないのではないでしょか。 「なに、あんた。うちの会社は商品開発に力をいれているんだ。何人もの食のプロが開発に携わって味を決めているんだよ。客の好みくらい研究をしつくされているんだ。素人のおたくみたいに適当に作っているのとはわけが違うんだよ」 「そうなんでしょうけど、なんというか、脂っこいというか、固いというか。お肉の質もあまり良くないようで」 「薄いだの、脂っこいだの、固いだの、質が悪いだの、適当なことは言わないでくれ。ろくに料理も学んでない素人なんだろう。一流のプロが作った味なんだ。文句を言うなんてどれだけうぬぼれているんだ」  店主は唾を飛ばしながら声をあらげました。 「もしよかったら、私のところのから揚げの作り方を教えましょうか。すこしでも美味しくなれば、またお客さんが戻ってくるかもしれませんから。……下味にすりおろしの生姜、大蒜、お酒、醤油、ごま油、塩、胡椒、あげ油、片栗粉、レモンなどを用意して……鶏肉は余分な脂を取り除いて、ホークで数か所さして……冷蔵庫で三十分ほどつけこんで……それで……」 「余計なお世話だ。敵に一番大切な作り方を教えてどうするんだ。気でも狂ってしまったのか。自分の店をつぶしたいのか。それとも騙してまずい味付けを教えようという魂胆じゃないだろうな」 「けっしてそんなことはありません。ただ私がお役にたてることがあればと思って」 「ここは、チェーン店なんだ。俺の一存で店の味なんて変えられないんだ。なんにも変えられないんだよ。ここでは揚げたり、暖めたり、切ったりするだけなんだ。作り方なんて知ってもしかたがないんだ。盛り付け方だって変えることができない。弁当の包みも店のデザインも値段もすべて本部が勝手にきめてしまうんだ。味を改良するなんて権限はこちらにはないんだよ。おたくの店とは違うんだよ」  店主は腹立たしさを隠そうとせず言うと、手を振って月子を追い出そうとしました。 「でも、このままでは……」 「俺は忙しいんだ。あんたと違って夜も営業をしなければならないんだ。たとえ売れなくても契約でそうなっているからな」  そう投げすてるように言うと店主は背中を向けて厨房へと戻っていきました。月子が声をかけても、振り向くこともなく夜の営業の準備の続きをしはじめました。月子はしばらく黙々と働く店主をみていましたが、店を出るまで店主が月子を見ることはありませんでした。蛍光灯の明かりが一本切れそうに点滅を繰り返していましたが、店主はそれに気づく余裕もないようでした。
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