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翌朝、いつものように健太を小学校に送りだし、家の片付けをして店にやってきた月子はシャッターに落書きがされてあるのを発見しました。
『食中毒発生中』と赤いスプレーでシャッターいっぱいに書かれてありました。殴り書きではなく定規で線を引いたように几帳面な文字です。それだけでなく店の前にはペットボトルや空き缶、折りたたまれたチラシ、吸っていない煙草などのゴミが散乱していました。落書きされてあるのは青空亭のシャッターだけで、ゴミが散らかされているのも青空亭の店の前だけでした。あきらかに青空亭を狙ってやったものだと月子にもわかりました。
シャッターを開けて、店の奥に駆け込むと、いそいで箒とちり取りとゴミ袋を持ってきて掃除をしました。店の前のゴミを片付けるのには時間はかかりませんでしたが、シャッターの落書きを消すのは大変でした。濡らした雑巾で拭いただけでは落ちなかったのです。
郷田のビルにかぎらず近隣のビルは夜中になるとたまに落書きされることもあるらしく、どのビルの管理室にも落書きを落とす専用のクリーナー液が用意されていました。それを知っていた月子は管理室にいってクリーナーを借りてきて、力を込めてこするとどうにか落すことができました。
「いったいだれの仕業だ」
郷田は手伝いながら怒っていましたので、月子は自分が悪いわけでもないのにしきりに謝りました。
「すみません、シャッターを汚してしまって」
「あなたのせいじゃありませんよ。ときどきこういう悪さをする奴が現われるんです」
「やっぱり、この店を狙ったんでしょうか」
「そうだろうな。きっとこの店に恨みを持つ奴の仕業にちがいない。なにが食中毒発生中だ。そんなことを書くなんてとんだ嫌がらせだよ」
「食品の衛生管理はきちんとしていますから、食中毒なんて、そんな……」
「わかっているよ、そんなこと。なにか思い当たるようなことはないかね。こんなことをしそうな奴を」
「いえ、まったく。知らないうちに、恨まれるようなことをしてしまったんでしょうか。だとしたら申し訳ないのですが」
「逆恨みだろうよ。まあ、一番怪しいのは向かいのボーノ亭のオヤジだな」
「そんなことをする人ではないと思います。とても仕事熱心でまじめそうなかたですし」
月子は落書きの取れたシャッターを開けながら答えました。
「たとえボーノ亭のオヤジが犯人だとしても証拠がないから文句を言うわけにもいかないし……。だが、注意だけは怠らないようにしないといけないな。図に乗らせてしまうからな」
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