青空

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「ボーノ亭のオヤジのように見えなくもなかったんだけどな。確信がもてなくてなあ。声も出さなかったし。顔がわからなくても声を聞けばわかったと思うんだがな。でも、まあ、これでシャッターに落書きをすることはなくなるだろうよ。見張られているのがわかっていて来る馬鹿なんていないだろうからな。まずは一安心だ。これからはもうゴミをばらまくこともなくなるだろうよ。よかった。よかった」  郷田はいまでも犯人はボーノ亭の店主だと思っているようでしたが、はたして疑われていることがわかっていて犯行におよぶのでしょうか。月子には疑問でしたが、懸命に店を守ろうとしてくれる郷田に水を差すようなことはいえませんでした。  礼を言って管理室をでて、ボーノ亭をみるとすでにシャッターは開いていて店主は厨房で忙しそうに働いていました。夜も営業をしているのに朝も早くから仕事をしている姿をみると、月子にはとてもボーノ亭の店主が嫌がらせをしているようには思えませんでした。敵視されていることはわかっていましたが、だからといって卑怯な嫌がらせをするような人間には思えなかったのです。  犯人はわかりませんでしたが、これからは心配する必要がないことは嬉しかった。このままなにもされないのならそれでよかったのです。犯人が誰かなんか知らなくてもよいことです。嫌がらせをする理由だってわからなくてもかまいません。月子はただいつもと変わらない日常がすごせればそれだけで十分だったのです。  青空亭の前には犯人が残したゴミ袋がそのまま残されていました。袋の中身はいつもと同じように空のペットボトルや空き缶、ちらし、新聞、お菓子の袋などが入っています。考えてみれば食べ残しの生ごみや汚物などは入っていません。ある意味、きれいなゴミばかりでした。几帳面にペットボトルの品名が書かれたビニールもとっているし、食べ物が入っていたような容器もあらわれている。割り箸ですら洗ったような跡があります。店を困らせようとゴミを撒いていても片付けることを考えていてくれているのかもしれません。それにシャッターの落書きもクリーナー液を使えば落とせる塗料をわざわざつかったのかもしれません。シャッターに『食中毒発生中』と書かれたことは不幸中の幸いだったのではないでしょうか。もし白いA4の上質紙に印刷されたものをシャッターに貼りつけられていたら、保健所から行政処分を受けた店と勘違いされていたでしょう。シャッターへの落書きだったからこそ、たとえ知らない人が見ても悪戯だとわかります。そのような誤解を受けていたら店を続けることはできなくなっていたかもしれません。犯人のちいさな思いやりではないでしょうか。ゴミ袋を店のゴミ置き場まで運びながら、月子は犯人の優しさを発見したことにほっと安堵していました。心から悪い人ではないとわかったことに救われた気持ちになったのでした。
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