青空

26/35

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
「おまえ、生活が苦しいんじゃないのか。これから健太は中学高校大学と進んでいくんだ。 ますます金がかかるぞ。こんな小さな弁当屋の稼ぎでやっていけるのか」 「大丈夫です。あなたに心配をしてもらうことなんてありません」 「もしな、苦しかったらいつでも健太を引き取ってやってもいいんだぞ。俺なら健太に十分な教育を受けさせてあげられるからな」 「けっこうです。あなたに頼ることなんて絶対にありませんから」  月子は声を投げつけるように竜一にぶつけました。身体の震えがおさまりません。竜一は月子が警戒をしているのがわかっているのでしょうか、受け流すように話しています。 「おまえと別れたあと、彼女と結婚したんだ。そいつとの間に今度子供が生れることになったんだよ。医者の見立てじゃ、男の子っていうことだ。健太の弟になるな」 「おめでとうございます。新しい奥さんとはうまくいっているんですね」 「まあ、なんとかな。おまえともそれなりに上手くいっていたとは思うけど……」 「そうでしょうか」  過去のことを掘り起こしたくなかったのでしょうか、竜一は聞き流すように話をつづけました。 「不思議なんだけどな。いまの妻には嫉妬することがないんだ。信じられないかもしれないが、どこかの店で知らない男の店員と話していても、若い男に道を尋ねられて教えていても、なんにも心が動かないっていうかざわめいてこないんだ。あんなに嫉妬に狂っていたことが嘘のようだよ。もちろん手をあげたこともない。いまの妻は耐えるということを知らない女だから、手をあげたりしたら反対にこちらが殴られてしまう。拳には拳って考えだし、昔空手をやっていたくらいだからこちらに勝ち目はないし。不満があると全力で向かってくる。俺の顔色なんて気にすることもない。いちいち嫉妬するどころじゃなくなったよ」  新しい妻の不満を言っているようではありませんでした。嫉妬もしないと、けなすようなことをいいながら惚気ているようにも聞こえました。  竜一はなにをしに来たのでしょうか。健太を引き取っても良いと言いながら、本気で引き取ろうとしているようには思えませんし、月子と復縁を望んでいるようでもありません。様子が気になるほど懐かしそうな感じもしません。まるで用事がなくても取引先に顔をだす営業マンのようでした。 「俺のことは気にしてなくてもいいから、いい人が現れたらいつでも再婚してくれよ。健太だって父親がいたほうがいいだろう」  やさしいことを言うような人ではなかったはずです。月子は知らない人を見るような目で竜一をみつめました。離婚して性格が変わったとしか思えませんでした。結婚する相手によってそんなに簡単に人は変わってしまうものなのでしょうか。月子はやさしい態度をくずさない竜一に半分安堵しながらも、どこか違和感を感ぜずにはいられませんでした。咽に魚の小骨が突き刺さってとれないようなもどかしさがありました。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加