青空

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 から揚げ弁当をひとつ買って竜一は店をでていきました。言いたい事を言ってすっきりしたのでしょうか。「また来るから」と、あっさり言うと長居することもありませんでした。帰っていく竜一の背中はどこかふっきりたように迷いがなく自信にあふれています。月子はそんな元夫の背中をみつめながら緊張が解きほぐされるのを感じていました。  夕方になると久しぶりに斉藤が現れました。何週間ぶりでしょうか。一日二日店に来ないことはこれまでにもありましたが、こんなに間を開けてきたのははじめてでした。来る時間も昼過ぎの時間ではありませんでした。交際を諦めたから来なくなったのか、と思っていましたがそうではなかったようです。それどころか断られたことすら忘れたような顔をしています。 「嫌がらせをされたんですって。大丈夫ですか。僕がいたら犯人をとっちめてあげたのに」  店に入ってくるなり斉藤は言いました。 「管理人の郷田さんが追い払ってくれたんです。もう大丈夫です。それ以来、悪さはされていませんから。ご心配をおかけして申し訳ありません」 「よかったです。やはり女の人がひとりでお店をするなんて危険ですよ。またいつ嫌がらせをされるかわかったものではありません。こんなとき僕のような旦那がいたら心強いと思いませんか。管理人みたいな年寄りのじいさんではないから、追いかけている途中で息切れなんかしませんから頼りになりますよ」 「私がもっとしっかりとすればいいだけですから」 「でも月子さんひとりじゃ限界があると思いますよ。僕がそばで守ってあげますよ。一生守ってあげますから」  斉藤はカウンターから顔を突き出して言いました。 「ごめんなさい。私、斉藤さんとはお付き合いも結婚もするつもりはありません」  厨房の月子は頭の三角巾をとると深々と頭をさげました。  これまでだって月子は断ってきたつもりでした。しかし曖昧な断り方でした。だから誤解をされて押せばどうにかなると斉藤に思わせてしまったのではないでしょうか。斉藤が店のことや月子のこと、健太のことを気にかけてくれることには感謝をしてもしきれません。だからといって恋愛感情がわかないことにはどうすることもできなかったのです。  ようやく理解したのでしょうか。頑なに変わらない月子の態度が気に入らなかったのか、斉藤の顔はみるみる赤くなっていきました。 「僕の純粋な心をもてあそんだんですか」  炎が噴き出したように斉藤のしゃべりは止まらなくなりました。「付き合いたいような素振りをしていたじゃないですか。わざと気をひくようなことをしたり、誘うような仕草をしたりしていたじゃないですか。からかっていたんですか。僕が真剣になる様子を面白おかしく楽しんでいたんですか。もしかして、前の旦那と寄りを戻すことにしたんじゃないでしょうね」  月子が言葉を挟む間もなく斉藤はつづけます。
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