青空

31/35
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
 一年が過ぎました。ボーノ亭は閉店し、その後には居抜きでハンバーガーショップがオープンしました。ボーノ亭が閉店したのは倒産したからではありません。フランチャイズ本部から契約を打ち切られたのです。本部がもとめる収益をあげることができず、今後も回復する見込みがないと判断されたためでした。ボーノ亭はオープン当初を除いて徐々に客足が減っていったのは確かなことでした。ですが儲けは少なくてもぎりぎり赤字にはならなかったらしいのです。本部に不利益はないのだから続けようとすれば続けられたでしょう。だけど赤字にならなければいいと考えるようなフランチャイズ本部ではありませんでした。あくまでも利益を上げてこそ、店の存在理由があると考えているようでした。ボーノ亭の店主は納得ができなかったようで、訴訟まで考えたそうです。それでも本部は考えを変えることがありませんでした。結局、本部の決定を覆すことはできず春を過ぎたころには店をたたんでしまいました。 「売れなかったのは俺のせいじゃないよ。俺は本部のもとめる以上に一生懸命がんばったんだ。ただ結果がでなかっただけだ。それなのに責任は全部こっちに取れだなんて。なあ、おかしいと思わないか。理不尽だと思わないか」  閉店が決まってからは毎日、ボーノ亭の店主は青空亭にやってきては不満をぶちまけました。月子のところにしか、怒りを持って行き場がないようでした。  月子はボーノ亭の閉店の影響にかかわらず以前よりも忙しかったのですが、手が空いたときは店主の不満を聞いてあげました。さすがになんども聞いているうちに同情してくるようになって、ボーノ亭が完全に店じまいをした後は「青空亭で働きませんか」と誘っていました。梅雨のはじめの頃には元店主を雇うようになっていました。いまでは元ボーノ亭の店主は青空亭の最初の従業員として働いています。  これまでは青空亭は健太との時間を大切にするため夕方過ぎまでしか営業をして来ませんでしたが、ボーノ亭の元店主が働いてくれるようになったおかげで夜も営業ができるようになりました。元店主は口達者だがまじめに働くので安心して店をまかせることができたのです。営業時間は長くなりましたが月子自身の生活はそれほど変わることがなく、健太と過ごす時間を削るようなこともありませんでした。 「俺にまかせておけば青空亭はますます繁盛だ。この街一番の弁当屋にしてやるからな」  青空亭に勤めはじめてからの元店主は月子に対して以前のように突っかかってくることもなく気さくに接するようになりました。新作のメニューを提案してきたり、味付けも独自の提案をしてきたり、率先して店の掃除をしたりするようになりました。正直、従業員を雇うような余裕はありませんでしたが、どこか幸せそうに働く元店主をみていると、月子は雇ってほんとうによかったと思うのでした。  ある日、店の開店準備をしているとき、元店主はこんなことを月子に尋ねました。 「いつも明るくしているけど、無理をして明るくふるまっているんじゃないのかい」  不思議だったのでしょう。心配だったのかもしれません。元店主は聞いてよかったのか、迷っているようでした。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!