青空

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「もう習慣になってしまったから、自然に明るくしているのか、無理して明るくふるまっているのかわからなくなってしまいました」  月子は母から言われてきたことを包み隠さず元店主へ言いました。青空のようになりなさい、と言われたことはもちろん、母が自殺したことまで話ました。母の死は月子にとって恥ずかしいことではなかったからです。 「もしかしてお母さんは店の経営で苦労していたのかな。取引先とトラブルを抱えていたとか……。まあ、考えところでわかることではないがな。ようするにそのお母さんの言ったことを守っているということだね」 「ええ、そうです。おかげで私はいろいろなことに幸せを感じられるようになれたみたいです。辛いことの中にも喜びを見つけられるようになって」 「なるほどね。青空亭か、まさに青空のようなあなたにふさわしい名だね。でもあなたの名前は月子っていうんだろう。月といえば夜に輝くもんだ。青空とは真反対なようなきがするけどね」 「いいえ、月は朝日が昇っているときにでも輝くんですよ。まっ白なお月様が」 「おお、そうか。白い月か。俺もなんどか見たことがあるよ。たしかに明るく晴れた青空に白い月が輝いて見えることがある」  元店主は納得したようにうなずくと、なぜか鼻の頭を人差し指で掻きながら笑いました。その笑いはやさしく暖かく、月子は話したことで胸の中がすこし軽くなっていました。  ボーノ亭が入っていた場所にはハンバーガーショップが新しく入りました。よく陽に焼けた健康そうなわかい男の店主がひとりで経営していました。店を開くのが学生のころからの夢だったようで、ようやく開店の目処が立ったところにこの空き店舗が見つかったということでした。疲れも知らないように朝早くから夜遅くまで働いていました。元気な若者で容姿にも恵まれていたせいか、それを目当てに若いOLや主婦が昼時には行列を作っていました。ボーノ亭のオープン当時も行列はできていましたが、明らかに客層は違っていて商品の割引セールをしているわけでもありませんでしたが、それでも客は途切れることがありませんでした。味も美味しいと評判のようでした。 「まだまだ商売のことはわからないので、いろいろと教えてください」  わかい店主はなにかにつけて月子に会いにきました。実際経験も浅く商売のことがわからないのは嘘ではないでしょう。知りたい、学びたいという気持ちも本物でしょう。 「私よりも商売のことは、このビルの管理室にいる郷田さんに聞いた方がいいですよ」  月子は親切心からわかい店主にアドバイスをしましたが、わかい店主は郷田に教えを請いに行ったということはないようでした。
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