青空

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 向かいのビルは全面ガラス張りのモダンな十階建てのビルで、その一階にボーノ亭はオープンすることになっていました。青空亭が七坪ほどの広さならボーノ亭はその倍の広さはありそうでした。店構えも総ガラス張りになっていて、入口には自動ドアも設置されています。さまざまなメニューの弁当を写したポスターやテレビに出ている有名女優が弁当をかざしている姿の写ったポスターなどがガラス窓や奥に見えるまっ白な壁に貼られています。店一押しのから揚げ弁当の写真の横には、アルバイト募集のチラシも目立つように貼られていました。  自動ドアの上には大きな看板が設置されていて、遠くからでもそこに弁当屋があることがわかるようになっていました。ここ一か月、タウン情報誌にはボーノ弁当のオープン告知の広告が載るようになっていましたし、近隣のビルのテナントにむけてチラシが大量に配られたりもしていました。青空亭の営業エリアのすべての客がボーノ亭のオープンを知っているのではないでしょうか。  一方、青空亭のほうは店の正面がガラス張りになっているものの、手作りのメニュー表やチラシが貼ってあるだけでお世辞にもお洒落な店とはいえませんでした。同じガラス張りの入口でもボーノ亭は自動ドアでしたが青空亭は手動の引き戸でたてつけもよくありませんでした。掃除はしていましたが、カウンターには傷がたくさんあり木も古びていましたが、ボーノ亭のカウンターは人工大理石をつかっているのかピカピカと輝いていました。 「新しい弁当屋が目の前にオープンしたらここも大変になりますね」  こんなことを言っては、なじみの客の何人かが心配してくれました。当然、客が減ることは予想できました。客が減れば売り上げも減ります。客が減り続ければ収入がなくなって店の営業が続けられなくなることだってあり得ます。なにか対策を練らなければならないはずです。てっとり早く弁当の値下げをするか、それとも弁当の内容を見直すか、サービス品をつけるか、ポイントカードでも作って付加価値をつけていくか、方法ならいくつか考えられます。どれも名案とはいかず平凡な考えではありますが何もしないよりかマシかもしれません。ですが月子はこれといって対策を講じることはありませんでした。目の前にライバル店ができようが、いつも通りに心を込めて弁当を作る、そのことだけを考えていたのでした。 「仲良くやっていけたらいいんだけど」  客に言われるたびに月子はそんな風に答えていました。弁当の味と値段で負けない自信があったわけではありません。勝ち負けよりも、ただ純粋にあたらしくオープンするボーノ亭との関係を心配していたのでした。 「あちらのお店にもお客さんがたくさん来るようになるといいんだけど」と、向かいを見ながら独りごとのようにつぶやくことさえありました。  来週、七月一日の月曜日にはボーノ亭はオープンします。レジのあるカウンターの前に立っていると、内装工事をしているボーノ亭の店内がのぞけました。青い作業着を着た工務店の人が数人動き回っているのがみえます。工具を持っている人、図面をひろげている人、荷物を運んでいる人などの汗の匂いが届いてきそうでした。青空亭とちがって何もかもが新しい。設備が新しいのはもちろん、電球の明かりですら新しさを感じさせます。月子は完成間近の店を眺めながら、まるで客になったような気分ではやくボーノ亭の弁当が食べてみたいと思うのでした。
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