03 部活の調子はどうだ?

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 部屋の電気をつけて、紺色のオフィスチェアにドカリと座った。  メッシュの座面と背もたれが、柔らかく僕を受け入れる。  暇だし来週提出の数学のワークでもやろうかと思って、スクールバッグを開けてみた。  けれど、必要な時間を見積もって、土日にやれば間に合う量だしと思うと、急速にやる気がしぼむ。  代わりに、ワークの隣にあったスケッチブックを取り出し、何をするでもなく、今日使ったページを開いてみた。  水面、草木、空、建物、通行人。  僕の視界に入ったたくさんの物や人。  河川敷に行けば、現実から目をそらせる。  「期待外れの息子」であることを忘れて、ただただ風景を写し取る「視線」になれるんだ。  そう、風景。  スケッチの時に、向こう岸に見える人々を描くこともあったけど、その人たちは僕にとってみんな「風景」だった。  ビルがあって、空があって、それらと同じように、ランニングするおばさんやおじさんがいて。  でも、今日は違った。 『私はすっごく好きだよ! この絵!』 『私ここで歌うから、聴いててね!』  僕に、関わってくる人がいた。  画用紙に描いた川岸に目を落としてみる。  僕が下書きを終えた後で、あの子は現れた。  肩幅に足を開き、空に向かって声を羽ばたかせる女の子の横顔が、画用紙の上にぼんやり浮かび上がる。  ひとりで絵を描いている時間。  世界と微妙な距離を保っている時間。  その平穏を邪魔されたのは、煩わしくて。  ……だけど。  あの歌声は、そんな煩わしさを帳消しにするほど、いやそれ以上に、きれいだった。
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