08 いいじゃん、ネーチャン

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08 いいじゃん、ネーチャン

 声のした方向を振り返った。  ひとりひとりバラバラなデザインの軽装を身に纏った、十数人の中学生集団が視界に映る。 「やばっ!」  卓球部の人たちだ!  嫌な予感は大正解だった。  そういえば、さっき正門前で見かけた先輩が、今日外ランだとか言ってた気がする!  それにしても、こんなところまで来るなんて。  学校の制服を着たままだし、誰かひとりの目に止まったら一発アウトだ。  とっさに川岸の階段を降りて、水面ギリギリのところまで来た。  コンクリートの段差が僕を保護する。  ここならとりあえず、今卓球部の人たちがいるところからは見えないはず。  僕の様子に気づいた遥奏が、歌を中断して僕のところに駆け寄ってきた。 「どうかしたの?」  いつも通りよく通る声で聞いてくる。目立つからやめてよね! 「帰らなくちゃ」 「どうして?」 「部活の人たちが来た」  遥奏にはその説明では伝わらないと、言ってから気づいた。突然訪れた危機のせいで、いつも以上にコミュニケーションが不自由になっている。 「ふーむ、よくわかんないけど」  左の人差し指を顎に当てて何かを考えている様子の遥奏。  やがて、能天気な笑みを僕に向けてこう言った。 「ここにいるのがまずいんだったらさ、どっか別の場所行こ!」 「え?」  遥奏は、有無を言わせず僕の手を引いて、川沿いを歩く。 「今来たあの人たちに見つからなければいいんでしょ? ちょっと遠回りになるけど、橋の下をくぐって駅まで行こうよ!」  遥奏に引っ張られるまま、右へ進んで行く僕。 「あ、ちょっと待って、荷物!」  もう僕には、遥奏についていくかどうかの選択肢は残されていなかった。 「あ、私もだ! じゃあ私がふたり分とってくるから、秀翔はここで隠れて待ってて!」  タッタッタッと、スタッカートつきのリズムでコンクリートを鳴らしながら、遥奏がふたり分の荷物を回収しにいった。  僕は遥奏を待っている間、少し移動してススキの隙間から卓球部の様子を確認してみた。  ランニングを終えたらしく、今度は芝生で筋トレを始めていた。  両手を地面につけて四つん這いになり、弾みをつけてジャンプした後、頭の上で両手を叩いて、また四つん這いになる。その繰り返し。  あれは確か、バービージャンプというトレーニングだ。  俊敏な動き、元気な掛け声。  だけど徐々に、引きつった顔と、うめき声が混ざる。  体中の筋肉を虐げる卓球部の人たち。  その様子を見ながら、僕は思う。  サボったことは正しくないけど、賢明な判断だった。
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