新しい場所

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新しい場所

 車を走らせ目的の施設へ到着した。 そこはまた雑居ビルだった。 ビルの前には誰かが立っていた。 平は車から出てその人間の前に立った。 「お前がそうだな?」 「はい…」 「付いてこい」 またエレベーターで地下へと降りいった。 扉が開くとまた奥に部屋があった。 その扉が開かれると奥で賑やかな声が聞こえた。 「いけーいけー」 その声の方に進んでいくと大きな競技場があった。 「地下にこんなの作れるの!?」 「今日からここがお前の勝負する場所だ」 格闘する施設と違って明らかに周りにはゾンビが多かった。 「何人いるんだろう?100人以上は軽くいるな」 「早速今日から試合に出てもらう。1時間あるから準備しろ」 「いいよ。なんかこの雰囲気久しぶり」 平は急いで着替えて準備した。 周りには速そうな連中がたくさんいた。 「格闘で負けて家賃払えない奴が来るって言ってたけど、そんな感じに見えない。格闘はたまたま苦手なだけで、走るのは自信あるってことかな?」 準備しながら周りの連中のことを観察していた。 そしてすぐに平の番が来た。 種目は100mだった。 「俺の得意分野じゃん。よかったー」 スクリーンには誰が人気とか倍率とかが書かれていた。 「なんか競馬みたいだな」 平は最初の1レース目からだった。 「いきなりか!わくわくしてきた」 スクリーンの表示では、平は9人中9位だった。 「俺人気ないな。でも超大穴ってことだよな」 平の鼓動はドクドクと高まっていった。 「緊張して心臓の音が聞こえてきそうだな」 そしてゾンビ達がスタートラインに並んだ。 「バン」と大きな音がなりスタートした。 平は加速した。どんどん加速した。 50m超えてトップスピードになった。 横には誰も並べないほど平はそのまま1位でゴールした。 「すげー気持ちよかった!これだよ俺のやりたかったことは」 タイムは9秒98だった。 「えっ?自己タイム更新じゃん!今まで10秒50が最高だったのに」 場内の観客は新人の平を見ていた。 「やっぱりゾンビになると運動能力上がるのかな?」 平が引き上げるとき場内からは声が上がった。 「おー新人やるな!次はお前に賭けるぞ!」 そんな多くの声が平に寄せられた。 「俺期待されてる!?格闘では全然ダメだったけどここでならやっていけそうだ」 その後、平はここのボスに呼ばれた。 部屋をノックした。 「入れ」 「失礼します」 「よく来てくれたな期待のホープ!さっきの試合は本当にすごかった」 「走るのは自信ありますので」 「ここは君みたいなずば抜けて速い連中があまりいないんだ。ここに来てくれて本当に嬉しいよ。何かあったら何でも言ってくれ」 「ありがとうございます」 「君だったら一郎といい勝負ができるかもしれんな」 「一郎?」 「君と同じ100mが得意でタイムは君と同じ位なんだ」 「勝負してみたいです」 「期待しているよ」 平は次の日から本格的に練習をした。 毎日走った。そして本当に生きる意味を見つけた。 最初の試合から3週間後、一郎との勝負がやって来た。 一郎の人気は1位だった。平は2位だった。 隣のレーンに一郎がいた。 平は一郎を観察した。マジマジと見ていた。 「噂の新人君だね君」 一郎から話しかけてきた。 「ああ。俺もあんたが速いって聞いてるんだよね」 「いい勝負をしよう新人君。もし僕に勝ったらいいことを教えてあげるよ」 「じゃあ勝負に勝ってそのいいことを教えてもらうよ」 平は燃えていた。 「バン」と音がしてそのあと続いて「バン」となった。 平がファウルをした。 「新人君。落ち着いていこう」 平は一郎の話し方にイラっとした。 「バン」となりスタートした。今度は、ファウルはなかった。 平がわずかにリードした。 だが、一番人気の一郎はすぐ追いついてきた。 平は横に並んでいることに気付いた。 平もギアを上げてどんどん加速した。 一郎も同じく加速した。平と一郎の勝負になった。 80mになり横一列に並んだ。 90mになりわずかに一郎がリードした 95mになり平が追い上げた。 そしてゴールになりどちらが勝ったかわからなかった。 写真判定となりわずかに平が勝った。 「よーし」 平が声を上げた。 「新人君。やるな。まさか最初の勝負で負けるとは」 「一郎もなかなかやるな」 「フン、新人君に約束通りいいことを教えてあげるよ。夜にバーで待ってるよ」 ここの施設にも食堂だったりバーが併設されている。 夜になり平がバーに行くと既に一郎が座っていた。 「やあ、こんばんは新人君」 「その新人君っていうの止めてくれないか」 「そうか。ではなんて呼ぼうかな」 「平でいいよ」 「わかった。平君」 「君はいいよ」 「わかったよ。平」 「それで、いいことって?」 「まぁ本題の前に乾杯といこう平」 「ビールでいいかい?」 「ああビール苦手だけどいいよ」 「苦手なら違うのでいいよ。何が飲みたいんだい?」 「コーヒーかな」 「バーでコーヒーとは子供だね」 「実際未成年だし」 「僕も未成年だけどね」 「何歳?ゾンビだとなんか年齢読めないよな」 「18歳だよ」 「タメかよ。おーなんか親近感沸いてきた」 「いやー僕もうれしいよ。ずっと一人で寂しかったんだ実は」 「祐介とおんなじだな」 「祐介?誰だい?」 「今度紹介するよ」 「じゃあとりあえず乾杯」 「乾杯」 グラスとコーヒーカップを合わせ乾杯した。 「それでいいことって?」 「急ぐね本題に」 「気になってしょうがないんだよ」 「じゃあ奥に行こうか」 平と一郎は周りに誰もいない奥の席に移動した。 「あまり大きな声では言えないんだけど。実はここだけの話し」 「ここだけの話し?」 「実は特効薬があるんだよ」 「特効薬?どんな?」 「それが人間に戻れるんだよ」 「え?マジかよ?」 「本当なんだ。僕はそれがほしいんだ」 家賃が払えないゾンビは強制的にゾンビ体実験に回されるが、そこで偶然ゾンビが人間に戻れる薬もわかった。既に開発も終わっていた。それを一郎はほしかった。 「なんで人間に戻りたいんだ?」 「なんでってそれはみんな人間に戻りたいでしょ平も?」 「俺はこのままの姿でいいよ」 「このままって冗談でしょ?このまま奴隷のようにずっと走るだけで終わっていいのかい?」 「もちろん。この体で満足してるよ」 「はい、嘘ついてるね平。そんなゾンビいません」 「いるよここに」 「なんでそんな嘘つくんだい?」 「本心だからだよ」 平は真顔で一郎の顔を見て答えた。 「信じられないよ。さっき言ってた祐…介だっけ?そのゾンビに同じこと言ったら絶対戻りたいはずだよ」 「だったら祐介に会いに行く?」 「証明してみせるよ。祐介は俺と同じだって」 平と一郎は祐介に会いに行くことにした。 「そういえば場所わかる?」 「わかるよ。だって俺前の所で家賃払えなくてここに来たんだから」 「あっ、そうか!でも今ここで花開いたってわけだ」 「走るのは自信あったしね僕」 「前の場所まで遠くないか?」 一郎は不適な笑みを浮かべた。 そしてある場所へと向かった。 「どこ行くんだ?」 「へへへ」 今度は不適な笑い声を上げた。 そこには車があった。 「もしかして車持ってる?」 「ここでは大分稼げるしね僕」 平と一郎は車に乗り前の施設に向かった。 無事到着して施設内に入った。 中ではまた大きな歓声が響いていた。 祐介がまた大いに暴れていた。 「あれが友達の祐介だよ」 「すごい強そうですね」 祐介はまた無敗記録を更新していた。 平はリングに近づいた。 「祐介!」 祐介が平に気付いて近寄ってきた。 「平!なんでここに?」 「実は祐介にちょっとした話しがあってきたんだ」 「君が祐介君かい」 一郎が横から口を出した。 「えっ誰?」 「向こうで一緒に走ってる一郎って言うんだ。今日は一郎から話しがあって来たんだ」 「どうも一郎です」 「よろしく。平と仲良くやってるんだ」 「ええ、まだ知り会ったばかりなんですが」 「とりあえずバーに行って飲もう」 3ゾンビはバーに向かった。 「おー平じゃん」 マスターの三宅がいた。 「お久ぶりです。そんなに久しぶりでもないですけどね」 「こんばんは一郎です」 「三宅さん、一郎って言って一緒に走っている仲間です」 「そうか。じゃあ今日は俺のおごりだ」 三宅はビールを3杯、コーヒーを1杯出した。 「かんぱーい」 「三宅さん知ってますか?今日一郎から聞いた話しなんですが」 一郎がその後に話しを続けた。 「僕が今日平に話したのは特効薬の事なんです」 「特効薬?なんだそれは?」 三宅は特効薬の存在を知らなかった。 「ご存じないですか。我々ゾンビが人間に戻れる話しなんです」 「それを今日話してくれて。元に戻りたくないって俺は答えたんですけど、嘘だって言われて。それで俺と同じ意見を持ってる祐介もいるって言ってここまで来たんです」 「だって信じられないですよ。人間に戻りたくないなんて。祐介君は違うよね。人間に戻りたいよね?」 「言ってやってよ祐介!人間には戻りたくないって!」 祐介は少し黙って答えた。 「ああ。もちろん。俺はこのゾンビの姿に満足してる。人間なんかに戻りたくない」 「嘘ですよ嘘ですよ。そんなゾンビがいるなんて」 一郎は驚愕の顔をしていた。ゾンビの驚愕の顔はかなりびっくりしているように見えた。 「なんで戻りたくないんですか?」 「そうだな。まず俺は人間の時に交通事故にあって下半身が麻痺して走れなくなったんだ。それで祐介は今はこんなに強いけど人間の時は病弱で入退院の繰り返しだったんだ」 「…そういうことですか」 一郎は黙ってしまった。 「一郎はなんで戻りたいんだ?」 「僕は普通に生きたい。高校卒業して大学行って。普通の暮らしがしたい」 「そうか…普通か…」 平は落ち着いた口調で言った。 「でもその特効薬が本当だとしても俺たちには打たないでしょ?だってそんなことしてここのボスに何の得があるの?むしろマイナスでしかないと思う」 祐介が真剣な顔で答えた。 「たしかに祐介の言う通りだな。祐介みたいな人気がある奴をボスが手放すはずがない」 三宅も同じ意見だった。 「でもそんなことどこで知ったんだ?」 三宅は続けて質問した。 「実は僕には友達がいました。ここでの闘いに勝てなくて、家賃払えないで一緒に今の施設に来ました。僕は走るのが得意だったけど僕の友達はそこでも勝てなくてどこかに連れてかれました。僕はそれが気になって調べていて…家賃が払えなくなっていなくなるゾンビの後を何回も後を追ってようやく見つけました」 「けっこう頑張ったんだな」 平は一郎の肩を優しく叩いて答えた。 「そこで僕は聞いてしまった。特効薬があることを。でも話しはここからなんです。既に国が管理している施設では、その特効薬が使われているんです。我々のボスと国が取引をしていて、特効薬の代わりにこの施設も認められています。そして、国はボスに多額のお金を渡しているそうです」 「でも…それって勝手に自ら捕まれば国が管理している施設に入って特効薬が受けれるってこと?」 祐介が大きな声で反応した。 「静かにして下さい。こんな話し誰かに聞かれたら大変です」 一郎はあたりをキョロキョロ見回した。 「だから僕はここの施設を出て捕まろうと思うんだ」 「本当にその話し事実なのか?おい小僧!?」 三宅が詰め寄った。 「はい、僕は確かに聞きました。そこの実験をする所に我々のボスがいました。それとこんなことを言っていました」 一郎は一息入れて話し始めた。 「ここではテレビが見れるじゃないですか。携帯は使えないけど、外の世界の情報がわかる。だからボスは国に特効薬ができたことを発表するなって」 「つまりそれが発表されれば、ここにいるみんなに知れ渡る。みんな脱走して、その特効薬を受けるために捕まるってこと?」 祐介の声が大きくなった。 「俺たちはボスのおもちゃってことか」 三宅が眉間にしわを寄せた。 「僕は今日ここを出て捕まります。そしてその特効薬を受けて人間になれたらここに戻ってお知らせします」 「冗談だろ。そんな話し!?ただ施設に捕まって、もう出てこれないかもしれないんだぞ!」 平は大きな声を出した。 「僕は本気です。こんな所から出たいんです。僕は普通の暮らしがしたい」 そう言って一郎はしばらく黙ってしまった。 「俺は一郎がそうしたいならそうすればいいと思う。だってそうしたいんでしょ?」 祐介が優しい口調で問いただした。 「…うん。ここは僕のいたい場所じゃない。ここは僕のいる場所じゃない」 「なら早いうちに出ていった方がいい。決断は早い方がいい。今度は人間になってここで乾杯しよう」 そう言って祐介はグラスを手にした。 「じゃあ一郎の無事を祈って乾杯」 みんながグラスを合わした。 その日の夜中、一郎は姿を消した。 それから半年が過ぎた。 平は時々祐介の所に来ていた。 バーでいつものように飲んでいるとそこに誰かが歩み寄って来た。 「お久ぶりです。元気ですか?」 一人の人間が声を掛けて来た。 「祐介のファンですか?」 三宅はお金持ちの観客かと思った。 「僕ですよ。約束したじゃないですか。」 「…もしかして一郎か?」 平が椅子から立ち上がった。 「約束を守りに来ました」 「本当に人間になれたんだ」 祐介は吸っていたタバコを落としてしまった。 「そんなに肌が白かったのか?」 三宅がニヤけた。 「これが本当の僕です。どうですか?」 一郎は姿勢良く歩いて見せた。 「見違えたって本当にこのことを言うんだな!」 平が笑った。 「よく来てくれたな一郎」 三宅がビールを注いで一郎に出した。 「約束を果たしに来ただけです」 「とりあえず乾杯しよう。俺はコーヒーだけど」 四人は乾杯した。 「ところで本当に成功したんだ。どんな感じだった?ほかのゾンビもみんな元に戻ったの?」 祐介は身を乗り出して聞いた。 「特効薬は成功です。みんなが元に戻れます。だからもし気が変わるかもしれないと思って今日ここに来ました」 「気が変わることはないけど、一郎は戻れて良かったな。ライバルがいなくて寂しいけどな」 「本当にみんなが戻れるの?」 「どうした祐介?そんなこと聞いて。俺たちの場所はここだろ?」 「まぁそうだけど…ちょっと気になってさ」 三宅が祐介を静かに見つめた。 「ここには来ましたがもうここには来ないと思います」 「じゃあ、今ここでまた俺が噛んだらどうなるかな」 平が口を開けた。 「ちょっと止めて下さい」 一郎の腰は後ろに引いた。 「でもまた一郎に会えて良かったよ。頑張れよ。大学行くんだろ」 「うん。頑張るよ。平も頑張って」 「おう!」 一郎は去っていった。 その一カ月後、祐介は施設からいなくなった。
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