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蕾
アパートに入れてもらうとモユリは様々なものが乱雑に置いてあり一瞬おどろいた表情に。
「どうした? 別に出ていってくれても構わないよ」
「······いえ、おじゃまします〜」
動揺を見せるとたちまちここを追い出されてしまうと態度にも注意をはらうモユリ。
「じゃ、あたしは風呂わかすけど大人しくしてな」
返事をしてテーブルの手前で正座しながらそ〜っと周りを見渡すが服が散らかってるだけで写真などは皆無、食べた後の袋もちらほらで掃除もしてないよう。
そうしているうちに心麦おばあさんもお湯を出し戻ってきた。
「はぁ〜」と溜息をこぼし座るおばあさん。
「あ、あの〜、1つお聞きしていいですか?」
「······なんだよ」
「お名前は何といいはるんでしょうか〜······」
「名前? どうだっていいだろ」
「そこをなんとか、どうしても名前を聞いておきたくて」
手を重ね天にも祈るような格好、
「······はぁーっ、心麦だよ」
ようやく名前を聞き出せて心の中で喜んだ。しかし、このあとに会話は無くお風呂が沸き「あたしは風呂に入るけど、あんたは余計な詮索はよしなよ」とどうやらモユリが何かをするかもと思われているようだが、
「よいしょっと」
図星。
このままではいけないとバレないように心麦おばあさんとどうすれば仲良くなれるのか、少しでもそのカギがないかをこっそりと手がかりを探す。とはいえ服の絨毯状態でさっき見渡したとおり特に壁や物置には何もなくテーブルに薬くらい、まるで人生を捨てているよう。
「心麦おばあちゃん、やっぱり」
独居老人だと気づく。すべての身内が絶たれ、あるいは絶ち、誰とも心を開かぬうちに年を取り独りになったのだろう。モユリが気づいて10分後くらいに心麦おばあさんは上がってきてビールを出し飲み始めた。
「ふ〜、あんた」
「あ、はい」
「調子が良くなったら、とっとと出ていけよ」
厳しい言葉と見捨てられたような目、それはまるで『絶対に心を開かない』と告げているかのようだった······。
「ふぁ〜あ〜っ、あたしはこれから仕事だけど昨夜も言ったが治ったならとっとと出ていきな、じゃあな」
「あ、あの1つだけ使わせてほしいんですが」
「ああ? 何をだい」
テレビを見させてほしいとモユリは頼みこむと文句を垂らしながら許してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
「ふんっ」
ドアは閉まると、
「よ〜し、がんばれウチッ」
モユリは心麦おばあさんの心開かせるためにはりきってある行動を開始する。テレビを付け何やら目的のチャンネルを探し、見つけるとひたすら観てメモって覚えるように反復、そんなことを朝から心麦おばあさんが帰ってくるまでこなしていく······。
今日も仕事は疲れたと原付きバイクから降りると、あの妖精の事だからいるとは思うが風邪なんてひかないだろうしとっとと追い返そうとドアを開けた。
「帰ったよ、あんたも······?」
「よろしくおねがいします〜、モユリです〜」
テーブルの上に浮いているモユリは唐突になにかを始めだす。
「いやー妖精も疲れるんですよ〜」
右側にいるモユリは素早く左側に移動、
「色々な人を元気にするからね〜」
どうやら一人二役のよう。
「浮いてるのに疲れたわ〜」
「そっちかいっ、座ればええーやんっ!」
「それだけじゃないんですよ〜」
「なんやっ」
「この羽付けてると重くて〜」
「飾りなんかいっ、はずしてまえー!」
「うぬ〜っ、うぬ〜っ!」
「何やっとんねん」
「羽を外そうかと〜」
「外れるかい」
ポンッ、
「外れました」
「外れたぁぁっ!」
「ウソです」
「うそなんかいっ!」
「でもこんなに心配してくれはるなんて」
「そりゃな、疲れたら休めばええねん」
「うれしい」
「そっか、うれしいか」
「結婚して〜」
「なんでそうなんねん!」
「新婚旅行どこ行く?」
「はやっ、気持ちはやいねん!」
「これが羽だけにハネムーン」
「やかましい······」
漫才だった······。
静かなアパート······。
外の車が通り過ぎる音が聞こえる。
カーッ、カーッ、カラスだ。
立ち止まり黙って観ていた心麦おばあさんが一言、
「······なに、やってんだい」
その言葉に、
モユリは火山の噴火の如く恥ずかしくなりそれは大量の汗も吹き出すとついに、
「キャァァァーッ、やっぱりはずかしいぃぃぃーっ!」
冷静に自分のやらかした空気に耐え切れず、顔を真っ赤にしてテーブルの下に隠れてしまう。笑顔には笑いが良いと漫才を思いついたがこんな気持ちになるなんてとしばらくは布団に被さった······。
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