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種
妖精、それは困っていたり悩んだりしいてる人達にちょっと手を差し伸べる、そんな生き物である······。
「では心麦さん、お大事に」
診療所から薬をもらい外へ出るおばあさんの姿が。
「ゲホッゲホッ、ふぅ〜、ったく」
定年をむかえてから薬の量に呆れながらも原付きバイクで自宅へと帰っていた時のことだった。
原付きバイクを降り自分の住む古いアパートに向かって歩いていると目の前を羽のようなもので浮いているのか黄緑色の生き物がこちらに気づき目線を合わすと、
「ウチがみえてます?」
「しゃ、喋った?」
「よかった、ウチ妖精のモユリいいます、よろしゅうお願いします〜」
ニコニコと笑顔の生き物は妖精と言ってきて心麦おばあさんは唖然とするしかなかった。驚かせてしまってごめんなさいと謝り妖精が見える理由、それはその人が何か悩みを抱えている事により自分が見えるのだと丁寧に説明するモユリ。
「そういうわけなんです〜」
しかし黙っている心麦おばあさんの答えを待つと無表情になり何も言わずモユリを避けていく。
「あ、あの」
家のドアを勢いよく閉め、さらにカチャッとどうやらカギもかけたらしい音。そうしてこの日、心麦おばあさんが出てくる事はなかった······。
次の日の朝にドアが開くと、
「あっ、あのっ!」
モユリは元気よく心麦おばあさんに声を掛けたがこの日も帰りを含めて無視。
その次の日も無視、相手にされない状況に傷付かないわけではないがそれでも出てくれば持ち前の笑顔で明るく話しかけた······。
無視された日から4日目の心麦おばあさんがいつもの様に帰ってくるとき、
「お、お仕事、おつかれさまです〜」
「······あんたもしつこいね」
ようやく話してくれたと思ったら睨まれ、恐くてなにを言いっていいのか分からなくなってしまう。
どうしよう、このまま黙ってるとまた、そう思っているあいだに心麦おばあさんはアパートのドアを開く。焦るモユリだが彼女の耳に、ドアを開けっ放しの先から何やら蛇口をヒネりコップに注ぐ音が。
恐るおそる覗いてみようとしたその瞬間、夏の季節にある温くなったコップいっぱいの水がモユリの全身を覆うようにしてかかり「キャッ」と思わず声が出た。
「いい加減いつまでもあたしに付きまとうんじゃないよっ、鬱陶しいんだよっ、ふんっ」
そう言い捨てドアを閉めカギをかけた。
水をかけられ取り残されたモユリは「······はぁ〜かけられちゃった」とドアの横で体育座りをしてさすがに凹む彼女。気がつけば日も沈み暗くなってくるのも拍車がかかって気持ちもより沈んでいく。
「完全に、嫌われてしもうたんかな」
紺の空を眺めるモユリ、得意の笑顔も見る人はいない······。
「ふんっ、これで懲りたか」
リビングに戻ると部屋の中心にテーブルとその周りは片付けられてない着意と布団など、きれいな部屋とは程遠い物の集まり。そこで心麦おばあさんは寝入る事に。
そんな彼女は今日もアルバイトをしてきた。別にやりたくてやっているわけではなく、そうしなければ少ない年金だけではやっていけないから仕事をしているだけで人間に興味もない。人間関係なんかろくでもないからだ。
金があれば人はゴキブリのようによってきて、金がなければ人は全くと言っていいほどよってこない。あまりにも薄情ではないかと思うくらい人間は冷酷なのである。年もとると今度はゴミをあつかうような周りの態度など人間のアホさを思い返せば切りがない、
だから信じない、
たとえそれが妖精という奴だとしても······。
目が覚め付けっぱなしだったテレビで時間を確認すると9時過ぎ、風呂も沸かすかと起き上がり明かりをつけるとふと気になるドアの先。寝る前に水をぶっかけたことは少しやり過ぎたかと冷静な今はわずかに思う。
「······ふんっ、これで付きまとわれなくなれば万々歳さ」
自身の気持ちも煩わしい、なのでドアを開けて確認して消えていればそれで終わり。それだけの話と鍵を解いて外を確認してみる······。
ドアの鍵の音で眠っていたモユリが目を覚ます。そのままゆっくりと開くと、
「おばあ、さん」
素早く心麦おばあさんの顔の高さまで浮く。
「まだ居たのかい」
「あのなやみ!」
確認を終えドアを閉めようとすると、
「あっ、え〜っ、えっとー」
また無視されてしまう、まずいと咄嗟に出た言葉が、
「さ、さむいんですっ、中に入れてくれませんか?」
「はあ? 寒いって······」
言い訳かと思ったが水を掛けてしまったから風邪でも引いているのか。
「ああ〜さむくて熱でそう〜」と分かるようにいちいち口に出すモユリ。
「嘘だろ」
ギクッとするが、
「ホ、ホンマです〜」
「うそだ」
「ホンマ〜······」
笑みを浮かべながらあくまでも寒いと言う彼女に、
「ちっ、仕方ないね」
心麦おばあさんがおれた。
「えっ、ありがとうございます〜!」
なんとなく気になってドアを開けてしまい、馬鹿な自身を責めつつ彼女を入れたのだった······。
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