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「今日は、私が、まるで私みたいじゃなかったから。すっごく嬉しかったです。ありがとうございます」
くしゃっとした笑顔を少女は僕に見せてくれた。僕の手を包む彼女の手の、指の隙間に僕の指をすべらせて握り締めると、彼女が驚いてこっちを見上げたが、僕は見て見ぬふりをした。すると今度は彼女がぎゅっと僕の手を握り返した。
できればこのまま、二人でどこかへ、行けるのならば夜空の向こう側の、誰も手が届かないような場所へと行ってしまいたいぐらいだ。
「ねえ、ひとみちゃん」
僕が名前を呼ぶと、少女はすぐに顔をあげてくれた。澄んだ大きな瞳のまなざしは、信頼と同時になにかを求めている。なにかはわかっているけど、今はそれに応じたくない。
「貴明さん」
少女が僕の名前を呼ぶだけで、理性がぐらぐらと揺れる。話そうとしていた内容も、彼女の強いまなざしに上書きされてしまって思い出せない。
だが、彼女に応じてしまえば、澄んだ心はいとも簡単にくだけてしまうし、もとに戻りはしないだろう。
一度見たこと、感じたことは無かったことにはできないんだ。
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