もう帰らないで

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仁は俺に疑いの目を投げかけながら、どうして自分の妻と一緒になれなどと言うのか、と何度も訊いた。 もっともだ。普通ならそんな男はいる訳はない。でも、植物に太陽と水が必要なように、沙羅には自分から愛し、尚且つ愛してくれる男が必要だ。 このままだと確実に、遠からず命だって危ない事を伝えたが、わかってくれただろうか。大袈裟な、と思うような男だったら沙羅には相応しくない。 家に帰りネクタイを緩めると、沙羅に声を掛けた。 「サラ、今日は何してたんだ?」 「えー! 珍しいこと訊くんだね。今日はタルゴナコーヒーを作ってみたの」 「タルゴナ?」 「ふふ、外国で流行ってるんだよ。YouTubeで見たの。社長も飲んでみる?」 しばらくすると、牛乳にコーヒー色のクリームが載った飲み物がやってきた。一口飲むと甘ったるくて、これは俺とではなく仁と仲良く飲むのが合っているだろう、とすぐに思った。 同じ髪の色をした、同じ時間を過ごした同い年の二人。 「面白い飲み物だな。ヒトシ君と今度一緒に飲むといい」 「え? 誰と? 友達と今度やってみようかな」 ガチャガチャと洗い物をしている沙羅には聞こえなかったようだ。飲み終わったグラスをキッチンまで持っていく。 「ヒトシ君だよ」 「え⁈」 鋭い悲鳴のような声を上げてスポンジを持ったまま沙羅は顔を上げた。 「佐藤仁と、今度は一緒に飲むといい」 ガシャリ、と音がして、彼女の手の中から落ちたグラスが割れた。 蒼白になり混乱している沙羅に静かに説明をした。 「お互いの気持ちを確認して、それでも違ったなら帰ってくればいい。もし、一緒になれそうなら、そのまま帰ってこなくていい」 「どうして⁈ 私は社長と結婚したんだよ⁈」 「そんな寂しそうな顔で、一生過ごさせるほど俺は強くないんだよ……誰が好きなのか、落ち着いて考えてごらん。お前は幸せになっていいんだよ」 それを聞いて泣きだした沙羅の頭を撫でてやった。 どれだけ生きるのが大変でも、幸せになってほしいと思う。自分の娘がいたらこんな感じだろうか、とうつむいた彼女の顏からポロポロと落ちる涙を見ながら思っていた。
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