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元カノ、元カレ、現在セフレ
ブラインドの隙間から、朝日が差し込む。
僕の目元にその鋭く眩しい光が差して、もっと眠っていたかったのに目が覚めてしまった。
時計を見ると朝七時。会社勤めならちょうどいい時間だ。
僕はいつもならもう二時間ほど眠るけれど、伸びをしてベッドからそっと抜け出し、冷蔵庫から出した冷えたミネラルウォーターを飲んだ。
僕が抜けだしたベッドには、白いシーツに亜麻色の長い髪が広がっていて、クリーム色の肌が柔らかく女性の身体の形に切り取られている。その肌に赤い跡をつけたらどうなるだろう。昔は、僕のものだと無邪気に何度だってつけていたのに。
今も君は僕のもの?
いや違う。
君は、法律的には君の夫のものだ。
だけどもう、君は誰のものでもないし誰のものにもならない。
そうじゃなければ、学生時代の思い出を汚してまで僕に抱かれる事も無かっただろう?
何度抱いても、もう自分のものにならない女。
あの頃は僕は君のもので君は僕のものだった。それがずっと続くと信じていた。
君は僕が初めての男で、服の上から抱きしめることにすら戸惑って、僕が君の中に入る時なんてあんなに体を硬くしていたのに。
再会した時には、誰かの妻で、ぽっかり空いた穴を埋めるように、アプリで出会った夫以外の誰かに抱かれて毎日を過ごしていた。
彼女には無くてもいい才能があった。
あってもいいのだろうけれど、それは不特定多数の男に発揮すると厄介なものだ。
それは”男を気持ち良くする才能”で、僕の後に寝た男が彼女の才能を発掘したのか、彼女が自分でそれに気づいたのかは知らない。僕は付き合っていた時は相性がいいだけなんだと思っていた。
ただ、彼女と寝た男は、皆彼女と一回きりで終わることができない。ワンナイトスタンドを洒落込んで女を泣かせるつもりが、彼女に嵌まってしまう。彼女はもちろん繰り返し会うつもりなんてないから、しつこくされて戸惑うことしかできない。
「ジン君……ねえ、気持ちいい?」
僕の名前は仁と書いてヒトシ、と読むけれど、彼女は僕をジン、と呼んだ。
他の女の子よりも断然、沙羅が気持ちいい。それを言っているのに、寝る度に、彼女はそう僕に確認する。
そんな沙羅と再会したのは、一年前のことだった。
沙羅は僕のカフェに客としてやってきていた。夫ではない男と。そもそも沙羅とは学生時代に付き合って別れていたし、その頃はショートボブの元気な女の子だったから、アッシュカラーの緩いパーマをポンパドールにしている気怠げな女性がサラだとは全く気付いていなかった。
彼女がトイレに立って、席に戻る時に僕に声を掛けた。
「ジン君…‥覚えてる?」
僕は覚えのない女性の雰囲気に一瞬眉をしかめたが、その声には覚えがあった。
「……サラ?」
「そう。覚えててくれて嬉しい」
笑うと、昔のままの笑顔だった。
「やあ、サラ、久しぶりだね」
仕事中なので接客スマイルで旧友として丁寧に接した僕を、彼女はすぐにぶち壊しに来た。
「ジン君、助けて……あの男から逃げたいの」
耳元で、今ベッドで真っ最中みたいな吐息混じりの声で囁かれた。耳が真っ赤に染まった僕の負けだ。僕はそれだけで五年前の彼女との行為を思い出してしまった。
男はこういう時、必ず下心が出る。僕はまんまと彼女の罠に引っかかったのだ。
「お客様、こちらへどうぞ」
僕はそう言うと、連れの男の様子をうかがって、パーテーションの向こうのソファ席に彼女を誘導した。予約席なので、普段は誰も使っていない。
「話は後で聞くから、ここに座ってて」
僕は澄ました顔でフロアに戻り、接客を続けた。
しはらくすると、連れの男がきょろきょろと周りを見回し始めた。
「お客様、どうなさいましたか?何かお困りでしょうか?」
どう見ても沙羅とは不釣り合いな男に声を掛けた。
「いや、連れがトイレから戻ってこないもんで」
「お連れ様ですか? 女性の方でしたら、もう随分前に店を出られたようですが……?」
男の顔色が一気に変わった。
椅子をガタン! と鳴らして乱暴に立ち上がると、会計を慌てて済ませて店を出ていった。
男が見えなくなるのを確認して、僕は食器を下げた。
ソファー席に向かう。
「サラ、お連れさんは行ったよ。ところで、久しぶりに会ったんだから詳しく話してくれるんだよね?」
僕がそう言うと、彼女はうふふ、とつやつやしたオレンジベージュの唇で笑ってみせた。
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