ありふれた殺人

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 私が取調室でジョエル・クラウスは殺害についてのすべてを話し終えると、室内は水を打ったように静かになった。  私は下げていた視線を上げ、室内にいるふたりの刑事の存在をようやく認識することができた。  私の対面に座り私の話を一言一句聞き漏らさないと言わんばかりにギラギラした眼を持つ、私よりも十歳ほど若い、いかにも刑事という顔の男がーーシャツの上からでも彼は良い身体をしているーー閉塞感の漂うこの狭い部屋で最初に口火を切った。 「ダニエル・ドノヴァン。アンタはジョエル・クラウスを計二十三箇所刺した。特に顔を。アンタがジョエルに対して強い殺意を持っていたことは間違いないな? だがーー」  なるほど。ジョエルは完全に灰になってはくれなかったらしい。  この男はカーター刑事と名乗った。それは覚えている。だが正直なところ、私はもう彼らの話が耳に入らなかった。  ジョエルについてはすべて話した。最初の出会いから最期の時まで。それなのに、なぜ刑事たちは私をこの部屋に留めておくのだろう。  私がジョエル・クラウスを殺した。それでいいじゃないか。 「代わろうかジェイク。失礼、ドノヴァンさん。私はカーター刑事の上司でサミュエル・ウィリアムズといいます。私からも少しいいですか?」  良い刑事と悪い刑事というやつか。ブロンドヘアをオールバックにしているこの男は私よりも少し歳下だろうか。部下が私を取り調べている様子を壁に背を預けて見守っていた男だ。  刑事にしてはハンサムで気品のある容姿の持ち主で、おそらく私と同類ーー部下の肩を叩く手の艶かしさから、私はそう判断した。  この男は机上に何組かのファイルと写真を並べ、何かを話し始めたが、先ほどの刑事同様、私の耳は彼らの話を拒絶している。必要のない情報に耳を傾ける必要がどこにあるというのか。  私の胸の内でぐるぐると駆け巡っている感情は後悔のみだ。もちろんジョエルを殺したことではない。無関係のマイクを死なせてしまったことだ。  もしあのとき私がマイクに助けを求めなければ、私がマイクに荷物の配達を頼まなければ、そもそもマイクと出会わなかったら。あの心優しい青年は死なずに済んだのだ。私がマイクを殺してしまったようなものだ。 「……よろしければ、これを」  ブロンドヘアの男がハンカチを差し出す。どうやら私は泣いていたようだ。彼の心遣いはありがたかったが、私はそれを断り、自分の袖口で涙を拭った。そういえば両手が自由だ。  私はジョエルを殺した男なのに、どうして手錠が掛かれられていないのだろう。 「ドノヴァンさん。もう一度、あなたの目で見てください」  彼は中央の写真を指した。機械的に、私はその写真に視線を落とす。全裸でベッドに手錠で繋がれて無理やり犯されていた私の写真だった。  ジョエルが最期に言った"プレゼント"とはこのことだったのだろう。 「ドノヴァンさん。あなたは被害者なのですよ……」  確かに私はジョエルに手酷く犯され。何度も殺されかけた。  しかし私はジョエルを殺した。  何度も何度も強い殺意を持って刺し殺した。  こんな私を被害者と呼べるのだろうか。 「いや……」  私は刑事たちに言った。 「私は被害者ではない。あくまでジョエル・クラウスを殺害した加害者です」 「しかしですね!」  ふたりのうちのどちらかが反論したが、私は言葉を続けた。 「ありふれた殺人です。男が男を殺した。ただ、それだけのことです」 了
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