ダニエル・ドノヴァンの証言

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 取調室のドアを開けると重要参考人の男はすっかり憔悴しきっていて、俺とサムが入室したことにすら、特別反応することなく、虚ろな瞳だけが俺たちの姿をぼんやりと捉えていた。  男――ダニエル・ドノヴァンは、いかにも犯罪とは縁遠いような善良な市民であり、三十代で妻子と別れた後、十数年余り田舎の山奥に籠っていた、世捨て人のような暮らしぶりの作家であった。  俺とサムは事前に打ち合わせていた通りに動いた。俺がダニエルの前に座り、サムは用意しておいた資料を手に、俺たちを背後から見守った。 「俺はジェイク・カーター刑事だ。ダニエル・ドノヴァンさん。あなたがジョエル・クラウスを殺害した一連の事件について、彼との出会いから、あなたが通報されるまで何があったのか、すべて話してください」  もちろん俺とサムはジョエル・クラウス殺しだけではなく、その背景まですべて調べがついていた。だが今となっては生き証人がダニエルしかいない。  彼の証言がどうしても必要だった。  ダニエルは魂が抜けたようなしゃがれ声で、とうとうと話し始めた。 「私こと、ダニエル・ドノヴァンとジョエル・クラウスとの出会いはちょっとしたアクシデントがきっかけだった――」  ダニエルが語った証言は、俺たちが調べていたすべての事柄と一致していた。  ダニエルがジョエルの診療所に通っていた時期や、当時のカルテ。  さらに巻きこまれる形で殺害された町の配達員のマイク青年を、以前からダニエルが懇意にしていたこと。出版社やダニエル個人の郵便物等を、半月に一度のペースでダニエル宅まで届けていたこと。  ダニエルは淡々と証言を続けた。マイクの話になると言葉を詰まらせたり、ジョエルに対しての怒りを露わにしたりすることもあったが、まるで一冊の小説のように自らがジョエルを殺害し、マイクの遺体を遺棄し、山小屋に火を放ったと続けた。 「――その後、私は逮捕され、パトカーに乗ってここまでやってきたということです」  ダニエルが証言を終えると、取調室は水を打ったように静かになった。  正直、十七分署に配属されて以降、今回ほど凄惨で残虐な、それでいて悪質な犯罪を、俺は経験したことがなかった。現場写真だけではなく、ダニエル自身の証言が、この極めて異常な殺人事件に生々しさを上塗りさせた。  ダニエルに対する措置はすでに課内で決まっていたが、俺はダニエルに質問をしなければならなかった。 「ダニエル・ドノヴァンさん。あなたはジョエル・クラウスを計二十三箇所も刺した。あなたがジョエルに対して強い殺意を持っていたことに間違いないな? だが状況から判断するまでもなく、あなたは被害者であり、ジョエルを殺したことは正当防衛といえるだろう。まあ、過剰防衛と取られるかもしれないが。あなたは常にジョエルから暴行を受け、いつ殺されてもおかしくなかった」  俺はいったん話を止め、ダニエルの表情を見た。  彼は無反応だった。  あなたにはジョエルを殺す正当な理由があった――俺はそういう意味をこめたつもりだったが、証言を終えたダニエルは貝のように口を閉ざすばかりか、俺の声に耳を傾けようともせず、独りの世界に入りこんでしまった。  このまま話を続けても埒が明かない。そればかりかダニエルの心の傷を、さらに広げてしまうだけではないのだろうか。  ただの殺しだったらどれだけ楽だったか。加害者がやったことを素直に吐かせるだけでよかった。  俺が次の言葉を探しているうちに時間ばかりが過ぎていく。背後から肩を叩かれ、助け舟が出たのは、そのときだった。 「代わろうかジェイク。失礼ドノヴァンさん。私はカーター刑事の上司でサミュエル・ウィリアムズ警部補です。私からも少しいいですか?」  俺の役目はここまでか。普段は無能と揶揄されるが、かつてはNYPD本部のエリート警部だった男だ。肩に置かれたサムの手がここまで頼もしく感じられたのは初めてだ。  上司に席を譲り、今度は俺が壁際に立って、ふたりの様子を見守った。
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