ありふれた殺人

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 ジョエルの誘いとは足首を挫いた私を心配して、何と私の自宅まで送るというものだった。 「今日はあなたが俺の最後の患者です。もともと午後は休診だし。その脚じゃ二ブロック先の薬局まで行くのも困難でしょう。悪い話じゃないと思いますが」 「もちろん有難い申し出だけど……私ひとりのために君の手を煩わせるわけにはいかないよ」 「じゃあこうしましょう! 俺と一緒にランチをして、帰りにドライブがてらご自宅まで送ります。ね、これなら送迎ではなくデートでしょう?」 「デ、デートだなんて」  最近の若者はみんなこうなのか。軽々しくデートだと口にするなんて。私は赤面してしまった。 「ダニー、俺じゃ駄目かな? ランチは無理でも、せめてあなたとドライブがしたい」  ジョエルの手が私の頬に触れる。私はどくどくとした心臓の鼓動が、ジョエルに聴こえてしまわないか心配になった。 「……ジョエル、その、私は」 「うつむかないでダニー。ハンサムな顔が台無しですよ」 「私が?」 「俺みたいな若造から言われたくないだろうけど、あなたを守ってあげたい……」  ジョエルは積極的な男だった。私が押し黙ればあの手この手で私を褒め、その気にさせようとした。  私はジョエルに流されるままふたりでランチを摂り、そのまま彼の車で私の自宅まで向かった。  彼の車はスマートな容姿に反して、意外にもジープのラングラーだった。 「俺は山登りが趣味なんです」  疑問が顔に出たのか、運転席のジョエルが答えた。自宅までの一本道はお世辞にも舗装されているとは言い難い。しかしジョエルの運転は優しくて、まるで平坦な道を進んでいるかのようだった。 「……ジョエル、君はその……彼氏はいるのかい?」  彼の言動から彼女という選択肢は捨て去った。 「俺? 今はフリーですよ。前は何人かいましたが、どうにも上手く続かなくて。相手が俺から逃げてしまうんです」 「そうなのか? 君から逃げ出すだなんて、困った男たちだ」 「ダニーはどうです? 確か奥さんと離婚して、その後はフリーだったと記憶していますが」 「どうしてそれを?」 「あなたの大ファンなので。まあ、ただのゴシップ記事を読んだだけですが。それで、どうなんです? 決まった相手はいないんですか?」 「いないよ。そもそもこんな私を好いてくれるのは余程の変わり者だけだろう」 「じゃあ、俺は変わり者ってことで。あまり自分を卑下しないでください。あなたは充分魅力的なのですから」  車内はロマンティックな雰囲気に包まれた。居たたまれなくなり、私は車窓へ視線を流す。ジョエルとの楽しいドライブが終わりに近づいていると知った。 「あの家ですか?」 「そうだよ。ああ、ジョエル、わざわざありがとう。ここで降ろしてくれて構わない」 「降ろしてもいいけど、ベッドまで歩けるのかい?」 「そこまで広くないから、壁伝いに歩けば大丈夫」 「そうか、それは残念。では今度診察に来たときに松葉杖を用意しておきます。よほどその頃には、今よりも歩けるようになっているでしょうけども」  結局ジョエルは玄関先まで車を回してくれた。礼を言って車を降りた私に、ドアウインドーを下げてジョエルが声をかけた。 「約束ですよ! 絶対安静、薬は毎日飲むこと! わかりましたね! あと何かあったときのために、俺の名刺を渡しておきます。困ったことがあれば連絡してください。すぐに駆けつけます」 「はいはい。わかりましたよ、クラウス先生」 「では、ダニー。また来週。今度は部屋の中まで入れてくださいよ」  ジョエルは最後にからかうように笑いかけ、来た道を戻っていった。  私は足首の痛みなど忘れて軽快な足取りで部屋に入った。
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