ありふれた殺人

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 その日はかすかに雪が散らついていた。私は週に一度の買い物のために町まで車を走らせていた。  本格的に冬が近づいてくるため、やることは山のようにあった。備蓄品の食料や飲料水も多めに用意しておいた方が良いだろうし、暖炉だけでカバーしきれない分はストーブで補う必要もあるため、オイルも買っておいた方がいいだろう。必要なものを脳内でリストアップしている間に、町に到着した。  十一月の半ばだというのに、こんな田舎町でもクリスマスに向けてムードが高まっていた。飲食店や服飾品を取り扱う店はディスプレイ用のツリーやモニュメントが飾られており、大通りの樹々にはイルミネーションが取り付けられている最中だった。  クリスマスといえば娘のことを思い出す。私は生粋のゲイだが世間体を気にして妻と結婚し、一人娘を授かった。妻も私がゲイであることは知っていたが、彼女もまた結婚相手を見つけることに必死だったため、夫婦間に愛がないのはわかりきっていた。  離婚を踏み止まっていたのは娘の存在である。彼女が十八の誕生日に、私はゲイだとカミングアウトし、妻と別れた。  娘の親権は当然ながら妻が得ており、娘との接触の機会は限られていたが、たまに届く娘からの手紙を読むだけで私は幸せだった。  しかしその手紙も届いていたのは初めの数年だけで、近頃はまったく届かなくなってしまった。私もまた酷な男であり、妻はもちろん娘の顔すらはっきりと思い出すことができない。  賑やかな装飾品を尻目に歩いていると偶然にも配送屋のマイクとすれ違った。 「ドノヴァンさんこんにちは! 今日も買い物ですか?」 「やあ、マイク。いやはや、その通りだよ。本格的に冬支度を始めようと思ってね。君は元気だったかい?」 「僕は元気だけが取り柄ですから! いつでも僕を頼ってくださいね」 「助かるよ、マイク。さっそく後で利用させてもらうとしよう」 「ありがとうございます、ドノヴァンさん! では、また後ほど!」  元気よく去っていくマイクの後ろ姿が、ふと最後に見た娘の姿と重なった。マイクは二十歳前後だったと聞いたことがある。私にとってマイクは自分の息子のような大切な存在であった。  一通りの買い物を済ませて、マイクに託す物は託し、このまま帰ろうと思っていた矢先、私は信じていない神に感謝したい気分になった。  私の怪我を癒し、私にほんの少しだけ恋心を思い出させてくれたジョエル・クラウスが視線の先にいたのだ。  ジョエルは私と同様におそらく食材が詰まっているであろう紙袋を抱えーーそして彼の隣には私の知らない若い男と一緒に歩いていた。  羨ましいほど、似合いのカップルだと思った。  ジョエルは私に気づき会釈をしたが、私は気づかなかったふりをして駐車場へ向かった。  山小屋に着く頃には雪が散らつき始めていた。私はガレージに愛車を停め、少しづつ荷物を運び出した。片手に紙袋、もう片手に鍵を持ち、玄関を開けようとしたその時、私の身体に異変が起こった。背後から何者かによって首を絞められたのだ。  パニックに陥った私は全身を使って抵抗したが、私を拘束する腕の力は強く、呼吸すらままならない。殺されると思った。誰かに助けを求めたかった。だが誰の名前も浮かばない。  いや、ひとりだけいた。  ジョエル。  ジョエルにもう一度逢いたい。  町で見かけた時に声をかけていれば何かが違ったのだろうか。私の首を絞める力はどんどん強まっていき、私の意識は次第に落ちていく。  せめて私を殺そうとする相手の顔だけは見てやろう。私は最後の力を振り絞って背後の人物の顔を引っ掻き、その顔を視界に入れようとした。しかし私の抵抗は相手を激昂させただけだった。  さらに腕に力が込められ、私の意識は完全に落ちた。かろうじて視界の端に捉えていたものは黄色の派手な服だった。
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