ありふれた殺人

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 ジョエルによって私は再度ベッドまで運ばれ、身体をうつぶせにされた。  それから彼は一度私の手錠を外し、うつぶせになった状態で、今度は頭上のベッドヘッドへ両手を繋がれた。  一連の流れは驚くほどスムーズであり、私はジョエルがこの手のことに慣れきっていると悟り、背筋を凍らせた。  手錠に鍵を掛け終えると、ジョエルは私の身体を仰向けに反転させた。手首が交差され、よりきつく鉄の輪が手首を締めつけた。  私が小さく呻いていると、ジョエルが私の腹の上にまたがり、空虚な瞳で私を見下ろした。ジョエルが何も発さないので、私は恐る恐る口を開いた。 「ジ、ジョエル……どうして、君が――」  質問は途中で閉ざされた。ジョエルの両手が私の首に食いこむようにまとわりつく。 「……がっ、あぐ」  叫ぼうと喉を広げた瞬間、ジョエルからの締めつけはさらに強くなり、流れを塞き止められた血液が私の脳内を縦横無尽に駆け回る。  今度こそ、本当に殺される。  私は死を覚悟した。  目の焦点が合わなくなり、意識が遠のいていく。 「……ダニー、俺を愛しているかい?」  十本の指で私を絞殺しかけている男の言葉とは思えない。首を絞められ悶えるだけの私はイエスともノーとも答えられない。  だが私の何かの反応を見たジョエルは一変して柔らかい笑みを浮かべ私の首を解放した。一気に空気が流れこみ、私は何度も咳きこんだ。  呼吸を整えているうちに、私はジョエルによって"生かされた"のだと気づいてしまった。 「ダニー、ダニー、ダニー……」  ジョエルが私の上に覆い被さり、まるでピロートークのように汗ばんだ私の前髪をかき上げ、疲弊した私の顔を愛おしむように見つめ、そのままキスをした。  妻と別れてからご無沙汰だったキスの相手が、私を殺そうとしていた男とだなんて誰が信じられるだろうか。  ジョエルの唇は厚く、素晴らしい弾力をしていたが、この状況下で甘いムードになんかなれるわけがない。  私が首を横に反らせると、ジョエルは何事もなかったかのように私の顎を掴んで強い力で引き戻し、今度は私の口をこじ開けるようにして歯列を割り、強引に舌を絡ませてきた。  嫌悪感から私は抵抗しかけたのだが、少しでもジョエルを拒もうとすると、彼は私の鼻を摘み、私の呼吸のすべてを支配した。  数秒だったかもしれないが、私にとっては数時間にも及ぶ拷問のような口づけが終わると、ジョエルは私の上から起き上がり、枕元へ腰かけて一服した。私の煙草とライターを使って。嗅ぎ慣れた煙が私の鼻腔を刺激した。 「吸います?」  煙草を手にしたジョエルは診療所で見せた優男の顔をしていた。しかし、私はもうジョエルの裏の顔を知ってしまった。彼の機嫌を損ねることは死に直結する。 「ああ、頂くよ……」  私は掠れ声でジョエルの望むようにした。一本の煙草を分け終えると、ジョエルは腰を上げ、寝室を後にした。
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