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「逢いたい……」
零れた想いに苦しくなって、縋るように桜の樹に抱きついた。
青く澄んだ空を見上げたら、春風がざわと吹き上げて。
『いつか、この桜の樹の下で。いつの日にか、逢いましょう』
風にのり聴こえてきたのはあの人の声。
あの日、交わした約束。
まぼろしを見ている気がした。
桜の樹の向こう側、歩いてくる男の人を私は知っている。
彼もまた私を見てハッとしたように足を止めた。
――ずっと、あなたに逢いたかったの。
心の中であの日の私が泣き叫ぶ。
刹那。
抱きついていた百年桜がドクンと大きく脈打った気がした。
幹から伝わってくる温かさに驚き、その手を放す。
見上げた枝のあちこちに、狂い咲くように息吹きだす蕾。
それは見る見る花開き、枝がその重みでしなだれる。
いつか見たあの光景のように。
満開の桜が雲一つない青空に桃色の花びらを風にそよがせていた。
その男の人も呆けたように咲きほこった桜を見上げていた。
目を細め何度も頷いて、嬉しそうに微笑む。
ひらひらと舞い降りてきた花びらを手の平で受け止めて。
それから、じっと私を見つめた。
優しく懐かしい瞳。
覚えてる、私もあなたを覚えてる。
やっと逢えたね、彼の唇がそんな風に動いたから。
確かめ合うように、お互いに歩みを進める。
首筋の黒子、笑うと細くなる目。
涙の向こう、微笑むあなたとまた逢えた。
【完】
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