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わたしはお酒を飲んでも飲まれるタイプではなかった。中途採用で入った会社の飲み会でも、中学の同窓会の飲み会でも、友だちの結婚式の二次会でも、記憶を無くすほど飲むことは一度もなかった……はずなのに。
なぜこの男が床で寝ているのか、全く分からない。
午前六時。スマホのアラームで目が覚めたとき、いつもの朝となんら変わりない目覚めだった。カーテンから零れる朝日に目を細め、手探りでアラームを止めて、あーよく寝たなんて蹴伸びする。ギシリとシングルベッドから上半身を起こして、赤渕の眼鏡を掛けたところで床に何かあるのに気が付いた。
……あれ、わたし大きい人形なんて買ったっけ。
「うーん……」
寝返りを打ったその人形の顔を見て、わたしは覚醒した。
「夏樹っ……!」
大声で叫びそうになって急いで口元を押さえる。
え、え、なんで、夏樹が床に……!?
生まれた時から変わらない猫っ毛を茶色に染め、右目の下瞼に三つの泣きぼくろがある。今は寝ているが、目を覚ませば眉尻を下げ、上目遣いで助けを求める捨て犬のような風貌……白いタンクトップに何かのキャラクターのトランクス姿で、その隣には脱ぎ散らかされた薄青色のワイシャツと赤いネクタイが転がっており、窓の鴨居には紺色のスーツが掛かっていた。
なんとなく肌寒く感じ、パッと自分の胸元に目をやる。いつも着て寝ている穴の空いたTシャツではなく、薄いキャミソール一枚。寝る時は放乳主義なのでブラジャーが無いことに違和感はないが、肩紐が細いキャミソール一枚で寝ることはわたし的にありえない。咄嗟に頭をタオルケットに突っ込んで下を確認したが、こちらはパンツも短パンもきちんと履いていた。少しホッとする。
とりあえずクローゼットを開けてパーカーを羽織った。
落ち着け。覚えてないなんてことは無いはずだ。よく考えて思い出せ春香。昨日の仕事終わりから、順を追って思い出そう……
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