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夏樹が暖簾をくぐったのは、理佳子先輩と行くはずだった八十郎だった。テーブル席に向かい合わせで座る。ビールとおつまみ数品と焼き鳥を何本か頼んで、一通り料理が揃ったところでとりあえず乾杯から入った。
「じゃあ春香との十年ぶりの再会を祝して、かんぱ」
「ぷはぁ〜。目の前にいるのが理佳子先輩だったらもっと美味しかったのに」
「……いただきます」
ジョッキ半分を一気に煽る。あー生き返るわー。
「ねぇ、なんで営業やってんの? ロボット作るんじゃなかったの?」
たらふく食べて帰ってやろうと、もものタレを二本持ちする。夏樹はお通しの白菜漬けをポリポリと咀嚼しながら「春香こそ」と呟いた。
「医療従事者になっとると思っとった」
周りには仕事終わりのサラリーマンやOLが日常を忘れて大きな声でガヤガヤ話している。騒がしいはずなのに小さく呟いた夏樹の声は、わたしの耳にしっかりと届いた。医療従事者。ハッキリと職業を言わないところに、気遣われていることが嫌でも分かる。そもそも誰のために、と言いかけて小さくかぶりを振った。
「……わたしの話はいいの。で、何の用なの」
多分ここまでのプロセスを話せばお互いに長くなる。早く用事を済ませてとっとと帰りたかったわたしは、諸々をすっ飛ばして本題へいくことにした。夏樹も察したのか小さく頷く。そして声のトーンを落として言った。
「春夏秋冬カルテットで、また集まりたい」
天井付近で回っている扇風機から出る生温い風が、わたしと夏樹の間を通り抜ける。春夏秋冬カルテット、と聞いて身体が硬直するのが自分でもわかった。手に持った焼き鳥を落としそうになる。その名前をまた聞くことになるなんて、思ってもみなかった。
「……なんで」
冷静を装って焼き鳥を齧る。夏樹はジョッキを傾けてビールを飲みこむと、わたしを見て笑った。
「んー。高校卒業して十年という節目じゃけぇ? 同窓会的な?」
夏樹の右目の下にある三つの泣きぼくろが目に入る。わたしのお尻のほくろと同じように線で繋げば三角形になる。お揃いだなんてはしゃいでいたあの頃には、もう戻れない。
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